20 / 54

20

*** 「えっ! 一ヶ月!?」 「ああ、社長の師匠がでっかい工事取ったとかでよ。オレたちも加勢に行くんだ」 オレと航は駄菓子屋の店先のベンチに座って、かき氷を食っていた。オレの子供の頃から営業しているこの駄菓子屋は、古くてでかい日本家屋の路面側を店にしていて、奥は経営するおばちゃん家族が住む自宅になっている。 七月に入り、太陽の陽射しは強く蝉の声も煩い。軒先に吊るされた『氷』と描かれた旗が、ぬるい風に舞っていた。 「……っ」 オレはメロン味の氷を口いっぱいに頬張ると、全身に滲んだ汗が一気に引いていくのを感じた。 「で、でも、休みはあるんだろ? 途中帰って来るんだろ?」 イチゴ味の氷をスプーンからぽたぽたと落としながら、航が不安げな表情でオレの顔を覗き込んだ。 「いや、オレ足ねーし、一ヶ月行ったまんま」 「ええええっ!」 航の大声にベンチの下にいた猫が驚いて逃げていく。 「で、でも電車とかあるじゃん」 「おめぇ、くどいぞ。現場がすげぇ辺鄙なとこにあんだよ。こっから特急で四時間、それから支線に乗り換えて一時間。そこから一日に二本しかないバスで二時間。これで休みのたびに帰って来いっていうのか」 「…………」 オレは自分のかき氷を食べ終えると、途方に暮れ、虚ろな目をした航の手元から赤い氷をスプーンで掬って口に運ぶ。 オレが奢るっつったら、練乳やらあずきやら盛大にのせやがって……。 「……メール、してもいい?」 航が何かを諦めたみたいに、かき氷の器をオレに寄越す。 「ああ」 オレはそれを受け取り、掻き込みながら答える。 「電話もしてもいい?」 「ああ」 航の分も食べ終えると、立ち上がって店の奥に向かって声を上げた。 「ごちそうさん! 金、置いとくから」 「はいよー」 奥の部屋からテレビの音とともにおばちゃんの返事が聞こえる。 「あちー」 駄菓子屋の軒先を出ると、すぐさま照りつけてくる太陽にオレは呻き声を上げた。航はまだ落ち込んだような、不貞腐れたような顔をしてオレのあとを着いて来ている。 「はあ、仕方ねぇなあ」 オレは溜息を吐いて振り返ると、航の顎を掴んだ。 そしてキョトンとしている顔に自分の顔を近づけ、思いっきり鼻先を齧ってやる。 「いったああああ! な、何すんだよ! 奏ちゃんっ!」 「ぶっ」 鼻を押さえて涙目でこちらを睨む航を見て、堪え切れずに噴き出した。 「おまえがいつまでもシケタ面してっからだよ」 オレは頭の後ろで腕を組むとまた前を歩き出す。 「オレからも電話すっからよ」 そして前を見たまま、そう付け加えた。 すると一瞬の間が空いたあと、背後から「う、うんっ!」と急に明るくなった航の返事が聞こえてきて、オレはまた噴き出した。

ともだちにシェアしよう!