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年も明けて二月。現場の仕事が寒くて堪らねぇ!
オレは三月から師匠の元に行くために、普段の仕事と合わせて近藤さんに引き継ぎなんかもやっていた。
それでも今日の仕事はなんとか終わり、倉庫で自分の仕事道具を整理していると、尻ポケットで携帯電話が震えた。
「公衆電話……?」
画面に表示された文字を不審に思いながらも、倉庫から出て電話に出る。
「……奏一、か」
すぐにその声の主が親父だとわかった。
前回会いに行ったときより口調がしっかりしていて、幾分安堵する。
「親父、どうしたんだ?」
「……ああ、近藤から、おまえが師匠んとこに行くって聞いてな」
そう言ったあと、親父はしばらく黙った。師匠には親父も若い頃に世話になったらしい。
「あ、その……、体には気ぃつけろよ」
「はは、あんたには言われたかねぇよ」
オレは小さく笑いながら店先に座り込んだ。
「それもそうだな」
親父も照れたように電話口の向こうで笑ったが、急に声の調子を改めた。
「……今度こそ、もう飲まねぇから」
「あんたの『今度こそ』はもう聞き飽きたけどよ」
冬の夕暮れはあっという間に陽が落ちてくる。オレはその藍色の空を見上げた。
「……期待してるぜ」
そう返事をして、電話を切った。親父がオレに電話を掛けてきたのは初めてだった。
親父もやっと前を向き始めている。
変わろうとしている……。
「奏ちゃん!」
オレを呼ぶ声が聞こえて、携帯電話をポケットにしまいながら立ち上がった。
夕闇の中、ぐるぐる巻きにした赤いチェックのマフラーに顔を埋めた航がこちらに駆けてきていた。
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