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目が合うと、その男はバッグを転がしながらツカツカと近づいてくる。オレはその場に立ち竦んだまま、震える声で名前を呼んだ。 「さ、佐伯さん……」 「航くん、久しぶりだね」 柔和な笑みを湛えてオレの前に立つと、佐伯さんはキャリーバッグを足元に立てた。均整の取れた体に仕立ての良さそうなチャコールグレーのスーツを纏い、趣味の良い紺地のネクタイを締めた大人の男……。 「これから出張なんだ」 佐伯さんは何事もなかったかのように話しかけてきた。 ……佐伯さんとは、一度、寝たことがある。 奏ちゃんと喧嘩した勢いで入ったゲイバーで知り合った。けれどホテルから出てきたオレを待ち構えていた奏ちゃんが連れ去り、佐伯さんとはそれきりになっていた。 怒られても、なじられても仕方のないことをしたのに、佐伯さんは温かな眼差しでこちらを見つめている。 この人は本当に優しい人なんだ。それをオレは利用したんだ……。 「あの、以前はほんとうに……」 佐伯さんに謝罪しようと頭を下げかけたときだった。 「おい、航、どうしたんだ?」 オレが来ていないことにやっと気づいたのか、奏ちゃんが振り返って声を上げた。同時に、その声の主を見やった佐伯さんの目が、鋭く眇められた。 「あ、あの、そ、奏ちゃんっ、えっと」 「……あ?」 慌てふためくオレの傍まで戻ってきた奏ちゃんが、佐伯さんに気付いてその顔を物憂げに一瞥する。すると佐伯さんも、奏ちゃんの白金の髪やジャラジャラとした左耳のピアスを苛立たしげに見たあと、大きな溜息を吐いた。 「……航くん、君はまだこの男と会っていたのか? 君はあの日、とても傷ついた目をしていた。原因は、この男なんだろ?」 奏ちゃんを横目に、佐伯さんが言葉を続ける。 「僕はあの日のことをとても後悔していたよ。どうして無理やりにでも君を引き留めなかったのか、と。連絡先を訊いていなかった自分をどれだけ責めたことか」 佐伯さんは毅然とした表情でオレに向き直ると、腕を伸ばし、いきなり手首を掴んだ。 「今からでも遅くない。君はこんな男とは手を切って、僕と来なさい」

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