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「航、おまえ……」
「や……、奏ちゃんっ、やめて」
オレは嫌がる航の両肩を掴んで無理やりこちらに向けさせると、額に手のひらを押し当てた。
「てめぇ、やっぱ熱あんじゃねーか!」
困惑に眇めた目で航を見下ろす。
「だ、大丈夫だから、これくらい大したことないし!」
航は狼狽えた様子でオレの手から再び逃げ出そうとジタバタともがくが、オレは肩を掴んだ手を離さない。
「なんで調子悪ぃこと言わねぇんだよっ」
苛立った声で言い募ると、航は今にも泣き出しそうな顔になった。
「だってそんなこと言ったら奏ちゃん、絶対来るなって言うじゃん! 二ヶ月ぶりだよ!? 奏ちゃんにずっとずっと会いたかったんだもん! 今日のこと、すっごく楽しみにしてたんだもんっ!」
熱のせいもあってか潤んできた大きな黒い瞳が縋るようにオレを見上げている。いつもの白くて透明な頬には微かに赤みが差していた。
こいつ、熱があるのがバレないように、オレにくっつかなかったのか……? そんな体ではるばる東京から飛行機乗ってやってくるなんて、こいつ、どんだけなんだよ……。
「はあぁ……」
オレが深い溜息を吐いていると、航はハッと我に返り、目を瞬かせた。
「奏ちゃん、オレ、奏ちゃんとえっちしたい。ねぇ、しよう?」
「はああ?」
思わず裏返った剣呑な声が出る。
「バカか、てめぇ、そんな体で何言ってんだ」
「だって、オレ、奏ちゃんとしたくて、ひとりでするのもずっと我慢してたんだよ?」
航はもじもじと恥ずかしそうに言って、オレの袖を握ってくる。
ほんっと、アホだこいつ。
きっとオレがヤりたがってると思って、気ぃ遣って、こんなこと言い出してんだ。
熱あるくせに、オレのことばっか考えやがって。航のやつ……。
「オレは別にヤりたかねぇし」
ぶっきらぼうに答えると、航がしゅんと項垂れた。こいつが犬なら、今思いっきし耳がへたってるとこだろう。
「ああ、くそっ」
無意味に凹んでいる航を見て、オレは自分自身に悪態を吐いた。
調子悪いときってどうしてやったらいいんだ?
オレは今まで看病なんてものをされたことがない。子供の頃だって熱が出たときでも、自分で布団を敷いてひとりで寝ていた記憶しかない。だからこんなとき、航に何をしてやったらいいのか正直、わからない。
……それが、歯がゆい。
オレは航のコートとマフラーを脱がせた。そしてその体をベッドの中に押し込む。
「いいから、おまえは寝とけ」
「奏ちゃん……。怒ってるの?」
布団の中から航が不安げな声を漏らした。
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