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『ペシッ』
そして額に軽くデコピンをかましてやった。
「なっ、なんだよ! 奏ちゃん、ひどいよっ!」
即座に目を開けた航が、額に手を当て、恨みがましそうにオレを睨む。
「すっげー、ドキドキして待ってたのにぃ」
「ぶはっ」
オレは堪えきれずに噴き出した。
「じゃ、行ってくるから、大人しく寝とけよ」
「うん……、行ってらっしゃい……」
背後から不満そうな声が聞こえてきたが、構うことなく、再び玄関へと向かう。
オレはそのとき、とんでもねぇ約束をしてしまったんじゃないかと、すでに後悔し始めていた。
***
買い物を済ませて部屋に戻ると、航はスースー寝息を立てて眠っていた。
やっぱり、無理してたんじゃねぇか……。
ベッド脇に跪き、ドラッグストアで勧められて買ってきた冷却シートを航の額に貼りつけた。
「……?」
航の目が薄く開く。
「あ、悪ぃ、起こしちまったか」
「……ううん、冷たくて気持ちいい」
航は微睡んだまま腕を伸ばすと、オレの手のひらを掴んだ。そして、自分の頬に引き寄せる。
「奏ちゃんの手、好き……」
「そうか……」
熱を持った頬を撫でてやると、航は気持ちよさそうにまた目蓋を閉じる。
「リンゴ擦ったら呼ぶから、も少し寝とけよ」
「うん……、奏ちゃん、ごめんね……」
目を瞑ったまま申し訳なさそうに呟く航に、オレの胸はなんだか苦しくなった。
航が眠りに落ちたのを見届け、立ち上がって台所へと向かう。そして包丁を取り出すと、オレは気合を入れてリンゴの皮を剥き始めた。
「くそっ、うまくいかねぇな」
だが、剥き終わったリンゴはかなり小さくなった気がした。所々皮が残っている箇所もあったが、買ってきたおろし器でなんとかそれを擦り下ろす。
「これでいいのか……?」
器に移しながらぼやいた。思った以上に時間がかかっちまった。
「航、できたぞ、起きれるか?」
ベッドに近づいて声をかけると、航が目元を擦りながら起き上がった。
「ん……」
「ほら」
擦り下ろしたリンゴの入った器を目の前に差し出す。すると航は「わあ、ありがと!」と目を瞠って喜びの声を上げた。けれど、器を受け取ろうとしない。
「どうした、早く食えよ」
「奏ちゃんが食べさせて?」
「はあ?」
「なんでも、してくれるんだよね?」
わくわくとした期待に満ちた大きな瞳がオレをじっと見上げている。
「ねぇ、奏ちゃん?」
念を押すように小首を傾げられ、オレは観念して航の隣にどっかりと座り込んだ。
「……くっそ、調子こきやがって……、一口だけだからな」
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