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 それからはもう意識が飛んでしまったみたいで、気がついたときには部屋の中だった。オレはバスタオルにくるまれた状態で奏ちゃんの膝の上に居る。 「ちゃんと拭いとかねぇとな」  全身をタオルで撫でられ、まるで雲の上にでも居るみたいにほわほわと心地いい。 「ク――――――ン……」  奏ちゃんの膝枕、最高……。 「あ、そうだ、これからここで飼うんなら、なんか付けとかねぇとな……。お、とりあえず、これでいいか」  そんなことを言いながら、奏ちゃんがテーブルから何か取り上げた。 「キュン?」  なんのこと?   顔を上げて見てみると、奏ちゃんの手には青いリボンがあった。  オレが奏ちゃんのために買っておいた焼き菓子の、袋の口を結んであったリボンだった。奏ちゃんはそのリボンをオレの首周りに巻き付ける。 「よし」  奏ちゃんはにっと笑うと、オレの頭に手を置いた。  オレは前足で首元を触ってみる。肉球にリボンが触れた。 「……!」 「おい、取るなよ」 「キャンキャン!」  オレは嬉しくなって、奏ちゃんの膝から姿見の前に走り出す。そこには青いリボンを首輪代わりに巻かれた子犬の姿があった。 「キャン、キャンっ!」  奏ちゃん、ありがとう!  オレは尻尾を左右に激しく振って、くるくると回りながら奏ちゃんにお礼を言う。 「お、なんだか嬉しそうだな、おまえ」  奏ちゃんはプッと噴き出したあと、膝に肘を突いて顎を据え、オレの様子をまじまじと見つめる。 「なんかおまえって、似てるんだよな……」 「キャン?」  え? 「いちいち、うるせーとことか、いちいち、リアクションでけーとことか、それに……」  ひょいっと両手で持ち上げられた。そして膝の上に戻される。 「まあ、なんて言うか……」  オレの耳の後ろを撫でながら、奏ちゃんは言葉を濁す。 「キュン?」  どうしたの?  オレは振り返って奏ちゃんの顔を仰ぎ見る。 「ほら、その目。大きくて潤んでて、あいつにそっくり……」  言いながら、奏ちゃんの瞳が切なそうに眇められる。 「なんか、たまんねーな」 「キュイン?」  身体が宙に浮いたかと思うと、奏ちゃんの胸に抱き締められていた。 「キャン!?」  そ、奏ちゃん……?  一瞬驚いて身動ぎしたけれど、 「キューン……」  ああ、奏ちゃんの腕の中、あったかい……。  奏ちゃんの体温に包まれ、オレはうっとりと幸福感に満たされていく。ミルクもたくさん飲んだからお腹いっぱいで、段々と目蓋が重くなってきた。 「キューーーーン……」  オレ、もうずっと、子犬のままでいいかも……。  まどろみながら、そんなことを考え始める。 「おい……」  奏ちゃんの掠れた低い声が耳に気持ちいい。 「……おい、航!」 「奏ちゃん……」 「おい、てめぇ、起きろ!」 「オレ、もう、奏ちゃんの犬になる……」 「何寝言言ってんだ、てめぇ、重てぇんだよ! さっさと起きろっ!」 「わわっ! あいたっ」  奏ちゃんの足に蹴られて、オレはベッドから転がり落ちた。

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