10 / 12

生徒会長の特別なお仕事の説明 10

「朝から何を揉めてるんです」    おかっぱ眼鏡が現れた。ちなみにこれは俺がつけたあだ名じゃない。デウスが副会長のことをおかっぱ眼鏡と呼ぶ。俺も副会長はおかっぱ眼鏡だと思うけど、さすがにおかっぱにおかっぱと呼びかけたりしない。   「藤森会長、親衛隊と仲がいいのは良いことですが一般生徒の迷惑にならないようにしてください」    ノンフレーム眼鏡の奥の瞳はアイスブルー。死んだ元理事長のオジサマの忘れ形見。性格も何もかも似ているようには見えないけど、あのアイスブルーの瞳の色だけはそっくりだ。睨まれると委縮する。というか、すごく悲しい。  オジサマはどんな俺にも慈愛のこもった瞳で見ていてくれたのでアイスブルーが文字通り冷たい青色だと感じるのはイヤだ。翠皇を盾にするようにさり気なく副会長の視線から外れようとする。    翠皇は元は生徒会書記になるはずだったので副会長とも昔から親交があるらしい。二人は中学で同じ生徒会にいたという。そして、俺がいなければ副会長は副ではなく会長だったとか。    俺に対して翠皇をとったという気持ちと会長ポジションを横取りしたという気持ちとが多分あるのか副会長は俺に優しくない。    俺は俺に優しくなかったり俺を好きじゃない相手が苦手なので副会長とは相性が良くない。  微妙な気分は「なにしとん?」とゆるい声に壊された。   「若君おはようさん」    手を挙げる会計に俺も手を挙げてハイタッチ。  そのまま手を握られて一緒に登校することになった。  百九十近い身長の会計は正直便利。持ち上げられて駅弁スタイル楽勝。無理な姿勢でも俺に負担をかけないようにしてくれる紳士、のはずなんだけど上手くいかない。いや、おんぶもお姫様抱っこも好きなだけしてくれるけどね。一番大切なものが放置だ。    コイツはデウスの私兵らしい。デウスがエッチしても相談事しても問題なしと太鼓判。ただし、頼りになるかは状況次第と言っていた。たしかに真面目な相談をしても意味がなさそうだ。エッチをするにしても俺の求めるタイミングやプレイとは違ったりするのでベタベタしてもキス一つしていない。    一緒に話すのは楽しいので友達手前みたいな相手だ。    デウスの私兵だからオジサマたちの誰かにお金で雇われてるんだろう。そして、会計も俺がお金で雇われていると思ってる。正しいけどちょっと間違い。俺は半分ぐらいボランティア。    オジサマたちを信用するなら俺は働かなくても生きていけるだけのお金をすでに手に入れている。金塊も宝石も俺の手の届くところにある。それでも俺が生きていくには足りない。俺が金塊も宝石も信用していないせいもあるけれど、俺は必要とされる存在だと実感し続けないと生きていけない。    デウスは働かなくても生きていける大地主でもサラリーマンをやっていると口にする。外に出て働くことで人との繋がりができたり、労働そのものに価値を見出しているから、らしい。俺は細かいことは分からないけれど、何もしないでいいというのは俺の内側を否定されている気になる。何もしないそこに居るだけの俺が欲しいなら蝋人形でも作って愛でていればいい。    俺は自分の意思で他者と関わり生きていく。  とりあえずは与えられたミッションをクリアしていくのが仕事だ。   【このまま教室に進むとクラス委員長との会話の発生確率が上がります。生徒会役員室に向かうと書記と出会って何かをもらうかもしれません。足を止めて振り返ると面白いものがあるかもしれません。若君はどうされますか】    胸ポケットに入れた携帯端末からデウスの声が聞こえた。  ゲームの選択肢みたいで面白いと思いながら俺は振り返った。    翠皇に掴みかかる風紀委員長、それを止めようとする副会長。誰かの足がもつれたのか三人が地面に転がった。折り重なった状態で呆然としている三人の姿を会計から手を離して写真に収める。    完璧なおかっぱが崩れた副会長に目を見開いて固まっている風紀委員長。  下敷きになっている翠皇はかわいそうだがなかなか見られるものじゃない面白画像に「翠皇でかした」と告げて教室まで全力疾走、と見せかけて生徒会役員室へ。    デウスが何かくれると言っているのだから書記から貰った方がいいだろう。  ちなみに書記は三年生の先輩だ。去年の生徒会長さん。  三年生はほとんどの場合、受験があるので役員にならない。  中学の生徒会が高一でも生徒会を務めることが多いので戸惑いは少ないらしい。三年生の先輩が生徒会役員になるのはメンバーが足りなかったりその人の人気が凄まじい場合だけ。    書記先輩は翠皇が俺の親衛隊長になってしまったことによるメンバー不足と本人の人気のせいで生徒会役員のままでいる。  翠皇が役員にならなくても俺が会長になったんだから人数的に問題なさそうに見えるが実情は少し複雑だ。  役員補佐として名前が挙がっていた複数が補佐を辞退。  それは翠皇を好きだった生徒もいるが俺の親衛隊に入ったから役員としての仕事ができないというものもある。    親衛隊員は生徒会役員にはなれない。生徒全体の意見をまとめる立場にあるので一人だけを贔屓する人間は基本的にアウト。そんなわけで三年生にも関わらず前会長を務めた先輩に書記として未だに頑張ってもらっている。

ともだちにシェアしよう!