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第29話 弱る
飛鳥井の家族に、戸浪から子供が来ると、話したのは土曜の朝だった
玲香も清隆も……京香も、源右衛門も…
この日が来たのか……と、一生の胸のうちを推し量る…
「流生《 りゅうせい 》と言う。
可愛がってやってくれ。」
源右衛門が「名の由来は?」と康太に問うた
「流れ行く時に任せ…何時か…一生に流れて還れ…と言う、願いを籠めた。
だけど、飛鳥井康太の子として…飛鳥井の明日へと組み込まれし子供だ…。
一生にはやれねぇが…何時か…父親だと名乗れる日を夢見て…願いを籠めてやりてぇんだよ。」
康太が言うと、源右衛門は、そうか。と呟いて黙った
一生は、穏やかな顔をしていた
それが………余計に刹那く映った
「それから、慎一が退院して帰ってくる。
まだ本調子じゃねぇし……歩けねぇかもな。
でも飛鳥井に帰りたいと言うから帰す。
承知してくれ。」
康太の言葉に、清隆が珍しく口を開いた
「帰って良いと、主治医が言ったのですか?
瑛太や康太みたいに医者を脅して帰って来るんじゃないですよね?」
瑛太は「………父さん…」と溢した
康太は「まぁ‥‥似たようなもんだ。
剥がされた爪はまだ生えねぇけど、背中の傷も…まだ消毒は要るけど…オレの側に帰りてぇと…言うから…仕方ねぇと想ってる。」と、呟いた
玲香は「慎一の主は康太と定めし人間だ。主の場所に帰りたいのだろ…仕方ない…。」と思案した
一生も「慎一は、康太の側で見張ってないと、主は無茶をするから、帰りてぇ…と俺に溢してた…仕方ねぇ帰らせてやってくれ。」
と、頭を下げた
一生に言われたら…仕方なかった…
「2月には…真矢さんが1ヶ月早く産気付く…そして双児を産む…
3月には…隼人の所が…8ヶ月で出産する…
オレの子供は…それで、終わる
後、瑛兄の所が9月前には産んでくれる。
飛鳥井の明日が…そこから繋がる。
京香、生理が止まったろ?妊娠してんよ。」
京香は「嘘…」と言い…お腹を触った
「オレの子供は…一人増えた
でも飛鳥井の明日は狂わない…
オレは、過去を変えれば…現実は変わってると思った…でも違った…。
オレは、軌道修正が出来なかった…
あの命は要るが…この命は…要らない…なんて選択は出来なかったから…歪みは…直してねぇ…。
オレは、在るがままを受け入れる
承知してくれ…。」
康太はそう言い頭を下げた
源右衛門は「お前は神ではない。人の命の選別なんぞしてはならない。
在るがままを受け入れる…それで良いのじゃ。」と康太に言葉をかけた
「じぃちゃん…。」
「康太、明日の飛鳥井を…お前に託すぞ…」
「じぃちゃん…そろそろ、お呼びが来ると、思ってねぇか?最近、体調悪りぃだろ?」
「えっ…!」
「来ねぇからな…まだまだ
じぃちゃんには、お呼びなんて…来ねぇからな。
この前、黄泉に言った時に…お前の嫁の清香が居たぜ!
話をしたら…まだ10年は迎えには行かねぇからな!
我が夫を頼むぜ!康太!って言われて来たばかりだぜ………
だから、まだだってばさ、じぃちゃん…。」
「嘘…まだ10年も来ぬつもりか清香は!」
「来ねぇよ。
清香は…………俳優の清川信玄様を追っ掛けて忙しい様だったぞ…。
だからな………10年は…そこにいろと、言う事だ。
病院行けよ…じぃちゃん
年だからな…ガタが来てんだよ…。
今日、慎一が退院して来るから、一緒に病院に行くか?
見てもらって来いよ
まだお呼びは来ねぇんだからよ!」
源右衛門は、がっくし肩を落とした
玲香は…「義父様、病院に行くなら我が連れて行こうぞ
体調の悪い時は言って下され!」と少し怒って言った
年は取っても…美人が怒ると…怖かったりする源右衛門だった
「玲香…最近……お呼びが近いのかと…思う位…意識が遠くなる時が在ったのじゃ…」
「じぃちゃん、体から…毒を抜かねばならぬ時期なんだよ…
慎一と入れ替わりに入院するか?
それとも慎一と一緒に入院してろよ。」
「康太…お前…わしに、冷たくないか…」
「じぃちゃん…勝手に遺言書く奴に!!
優しくなんか、出来ねぇよ!
何時死んでも言いように…毎日整頓してる奴に!!
かける言葉はねぇよ!」
「知っておったのか…?」
「じぃちゃん…人はさ、やり残した思いの中…死に行く定め…
死は来る時は解らねぇんだよ
準備して待つもんじゃねぇ!」
「それも…定めか…。
ならば、病院に行くとするか…。
康太、お前…連れて行け。」
「じぃちゃん…嫁の務めだろ?
玲香か京香に頼め。」
「嫌じゃ!それは恥ずかしいわい!
お前が連れて行かねば!わしは何処へも行かぬ!」
源右衛門はヘソを曲げた…
榊原が、康太…と、宥めた
「じぃちゃん、なら、もうじき病院に行くから支度しろよ。
母ちゃん、京香、じぃちゃんは入院になる。準備を頼む。
じぃちゃん、辛い時は言って言わねぇとな…。」
「わしは…翔と離れたくはなかったのだ…
しかも、流生も来るのに…入院なんかしたくはない。」
「流生には何時でも逢えるさ
じぃちゃんが元気になればな
しかも…じぃちゃん、80は越えねぇと迎えは来ねぇぞ。」
康太は笑った
「後10年か…翔も、流生も他の子も…小学校に上がりよる
良い頃合いかもな。
ならば、支度をして参る
玲香、京香、手伝って貰えぬか?」
源右衛門が立ち上がると…玲香と京香が立ち上がって…源右衛門へと着いて行った
源右衛門を見送り…康太は口を開いた
「今、毒を抜かねば…10年する前に…源右衛門に逢わねばならぬ…と清香がオレに、わざわざ逢いにやって来たんだよ。
あやつは頑固者故…体調が悪くならねぇと…病院に行かない!
もうじきあやつは体調が悪くなる…そしたら病院に入院させろ!
そしたら、10年は迎えには行かねぇよ…って、ばぁちゃんが言うからな…仕方ねぇんだよ!」と康太はボヤいた
清隆は「相変わらずですね…母さんは……」と目頭を押さえた
「ばぁちゃんは不本意だったとオレに溢した…。
アレより早く……黄泉に行くのは…不本意だったと…オレに謝った。
不器用な男に…一人で真贋を育てさせねばならぬ…心残りを……切々と謝って…恨んでなくば、源右衛門に孫を育てさせてやってくれと頼まれた…
厳しい鬼のままの記憶で逝かせないでくれ……と、泣かれて…頼まれたらな…聞かねぇ訳にはいかねぇんだよ。」
清隆は、康太に「ありがとう。」と頭を下げた
康太が…子供の時は…口さえ聞いてはいけないと…父親に言われた
甘やかしたら…そこへ逃げる…
そしたら飛鳥井の真贋は…育ちはしないぞ!と言われ………我が子を触る事すら出来なかった…。
修行を終えて帰って来た康太を触って良いぞ…と、言われても…抱き締めるしか出来なかった…
父、源右衛門は、偉大だった…
偉大すぎて…逆らえなど出来ない…息子だった…
「父ちゃん、オレには瑛兄もいた蒼兄もいた…。
瑛兄は…オレを愛して育ててくれた…それで良い。
オレは、一人じゃなかった。
そして、今は伊織もいる。
一生も聡一郎も隼人もいる。
オレは、幸せだから…それで良い。
気に病むな。オレは何があっても、父ちゃんの息子なんだからよぉ。」
康太は立ち上がり…清隆を抱き締めた
清隆は…康太を抱き締め…泣いた
子供の康太の………父親を見る…諦めた冷たい瞳を…忘れは出来なかった…
暫くすると、源右衛門の荷物を持って、玲香と京香がやって来た
源右衛門は、お気に入りの着物姿で…覚悟を決めていた
「悠太、じぃちゃんに玉露入れてやれ。」
康太が言うと、悠太は源右衛門に玉露を入れた
「伊織、着替えてくるか
じぃちゃん、少し待ってろ。」
康太が言うと榊原は立ち上がった
そして、康太と着替えに行った
暫くして…スーツを着て、康太と榊原は現れた
榊原の車のトランクに源右衛門の入院の荷物を積み
後部座席には源右衛門を座らせた
一生と聡一郎は、源右衛門の左右に座った
そして病院に着くと…主治医が入院体制で待ち構え…源右衛門を連行して行った
「慎一と同じ部屋に入れてくれ
慎一の退院は、源右衛門と、同じで良いや。」
主治医は、頷き、院内に消えて行った
慎一の病室に行くと、慎一は起きていた
康太は慎一に「今日、退院は出来ねぇぜ。」と告げた
慎一は驚き…何故…と聞いた
「源右衛門が、入院すんだよ!
お前が面倒見ろ
源右衛門が、退院する時にお前も退院しろ
それまでに傷を治せ
まだ痛てぇんだろ?
無理すんな。
オレも大人しくしてるからよ。
解ったな?」
慎一は…渋々…頷いた
絶対に嘘!だから……
我が主は…無茶と横暴の限りを尽くす…人だから…
一生が慎一に「俺が見てってから、お前は体を治せ
いざとなったら、俺はこの命を投げ出してやる覚悟だ。」と慎一を宥めた
一生は……率先してやるから…余計に危ない…と、慎一に言われて…一生は、言葉をなくした…
康太が「慎一、源右衛門を頼むな。」と頼んだ
そう言われたら…慎一は諦めるしか…なかった
「慎一、もうじき久宝の一件はカタが着く
そうしたら、お前は…当分バイトはするな
久宝の土地をトナミに貸して、賃貸料を貰う
それをお前の生活費と双子の為のお金にしろ
動けるようになったら、オレと共に動け
オレの横で…パドックに入って馬の調教をしろ
解ったな
馬の調教は…一生よりも、慎一、お前の方が向いている
一生は、馬の管理や全体を見る目を持っている。
慎一は、馬の特徴や癖、それを治せる調教の才を持っている
二人で、一頭の馬を育てるように…慎吾が授けた力だ…。大切にして行け。」
二人で…一頭の馬を育てるように…
一生は、慎一を抱き締めた
父さん…俺は…貴方が憎かった…
でも……貴方は…自分の夢を…
分散して…
もう一人に…自分の才能を分け与えたのか…
最初から…二人で…1つの馬を育てるように…
貴方は…分け与えのですか…
だとしたら…二人は…在るべき…カタチなのだ
一人じゃなければ…乗り越えられる…
険しい道を…
貴方は…知っていたんですね…
一生は照れ隠しに…「治るまで帰ってくるなよ 」と慎一に言って返り討ちに逢った
「一生、力哉を泣かせずにな
亜沙美の子供が月曜には来る…
そしたら心を痛めないように、お前がフォローしろよ!康太に頼るなよ!」
「慎一、それならもう遅い
オレがフォローした後だ。」
慎一は、一生を睨んだ
一生は、誤魔化す為に……
「お前…この先…結婚しねぇのか?」と尋ねた
「俺は…双子がいるからな。」
一生は、康太を見た
康太の瞳は…その話題に触れるな!と怒っていた
康太は慎一を抱き締めた
「総て…カタが着いたら、双子は戻ってくる
そしたら、元気にならねばな。」
慎一は頷いた
源右衛門が、病室に戻って来た
寝間着に着替え、ベットの上に寝るのを榊原が手伝った
康太は源右衛門の側に寄ると「主治医の所へ行ってくるわ。」と告げた
康太は主治医の所へ行くと、主治医は康太を待ち受けていた
「源右衛門の病状か?」
主治医に聞かれ康太は頷いた
「毒を抜かねば…内臓に侵食して…何時か…自分の毒で死ぬ…
でも今なら打てる手もある…
後、年だからな、あっちこっちガタも来ている…
この機会に治すとする
なぁに心配は要らんさ
慎一が退院する時に退院出来るように、治療する。」
「慎一も、今の退院は、無謀だったんだろ?」
「当たり前じゃ!
帰ると言って聞かんからな、許可しただけだわ!」
「ったく…オレみたいに大人しく入院してれば良いのにな」
康太が言うと……主治医の飛鳥井義恭が
「総合病院にいる久遠と言う医者は、知り合いの息子にあたる…
それが溢しておったぞ
飛鳥井の兄弟と伴侶は…強引に…退院したがる…って。
はてさて、何処の誰だろうな…。」
康太はたらーんとなった
康太は…話を反らした
「所で…慎一は……壊れる事はねぇのかよ
気力だけて持ってるだけだろ?アレは?」
気になる所を…主治医に聞く
「精神的に…一番怖いのは…フラッシュバックだ。
それが……どうでるかは…本人さえ解りはせんよ。」
「慎一には、支えが要るな…。」
「恐怖で……一時的に…狂うか…解らんからな…それが一番怖いが‥‥
まぁあの男は…主さえいれば乗り越えるだろ…。」
「……でもな…。」
「取り敢えず、当分は治療する。
慎一も源右衛門もな。」
「なら、頼むな。」
康太が主治医の部屋を出ると…そこには、一生がいた
「俺に聞かせろ…慎一は俺の兄だ!」
康太は一生を連れ、非常階段のドアを開け…外へ出た
康太は黙って…一生が何か言うのを待った
「慎一に結婚しねぇのかよ?って聞いた時に…俺は睨まれた
何故か聞きたい…」
「慎一は…心に傷を追った…だから、オレは、アイツに大切な女性を与えて…
治療させたかった…。
でもこの世にいねぇなら、仕方がねぇ…。
これからの慎一は…地獄だ…。
フラッシュバックした心に…毎晩…拷問が蘇る…。
まるで生きる拷問だ
そんな人間が結婚出来るとしたら…
相手が総てを了承して…支えられねば無理だ…。
しかも…精神的ショックで男として機能するか…解らねぇしな…。
だから、先の話や…結婚の話は…止めろ…
慎一は…オレが治してやる
何年かかろうとも治してやる。
それがオレを主と定めた慎一に対する…主の義務だ。」
「康太…何故…慎一の幸せは…逃げて行くんだ…。」
「お前の物指しで計るな!
慎一の幸せは…慎一にしか解らねぇ!
もし…幸せになれないとしたら…それはオレの側にいるからだろ?
オレの側にいる人間は…皆…不幸になって行く…違うか?
オレの…側から…離れた方が…幸せに…なれるのかも…知れねぇな。」
一生は………言葉をなくした
一生は…康太を抱き締めた
「そんな事言うな!
幸せなんて!
自分で掴むもんだろ!」
「一生……っ…」
一生は無理矢理康太の唇をキスで塞ぎ……
唇の端を…噛み切った…
流れ出す…紅い血を…一生は舐めた…
「康太…お前の側から…離れては生きられねぇ奴もいる……忘れんな…。」
「あぁ。忘れねぇよ。」
榊原が康太を探して…主治医のいる階の非常階段のドアを開けた時…
康太は…口から血を流して…その血を…一生が舐めていた
榊原は、康太に近付くと…ハンカチで傷を押さえた
一生は…榊原に「すまん…俺が…噛み付いた…」と謝った
榊原は、溜め息を着き…猛獣ですか…君は…
と、呟き、康太の傷を見た
そんなに酷くないから、絆創膏でも貰おうと、康太を主治医の部屋に連れて行った
「すみません
康太が怪我したので、絆創膏下さい。」と頼むと義恭は、笑い康太の傷を見た
「獣にでも噛み付かれたか?」
消毒をして、絆創膏を貼ると、ペシッと叩かれた
「調教しろよ!狂犬は…薬殺だぞ!」
冗談を言われ…康太と榊原は、義恭の所を後にした
廊下に出ると…一生が待っていた
康太は一生の手を取ると、抱き上げろと腕を伸ばした
そして抱き上げると………一生の頭を殴った
「ったく!このバカ犬はよぉ!」
「………許してくれ…康太…」
「嫌だ!」
康太はそう言い、一生の腕から降りた
一生は…康太…と情けなく…呟いた
何も言わず…康太は慎一の病室に入って行く
榊原は一生を、先に入れ、自分も入ると、ドアを閉めた
聡一郎が、康太の傷を見て……何があった?と問うた
「一生が暴走して噛み付いた
今、お仕置き中だ。」
一生は…くしゅん…と項垂れていた
康太は一生の膝に座ると…抱き締めてやった
榊原が一生の頭を撫でた
聡一郎は…デコピンした
「痛てぇな!聡一郎!」
「康太に甘えすぎなんですよ!君は!」
手厳しい言葉を投げ掛けられ…一生は、唇を尖らせた
慎一は「一生、例えお前でも…康太を傷つけるのなら…許しはしねぇ!覚えとけ!」と、キツイ一発を食らわした
その癖…一生を優しく抱くのは…一生の血を分けし兄だった
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