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俺は舞浜さんに礼を言うと、実験室を出て廊下の最奥にある誰もいない喫煙室に入った。 透明ガラスで囲まれたこの喫煙室は四、五人が入ると圧迫感を感じるくらいの広さで、内側にはガラスに沿って木製のカウンターテーブルが取りつけられている。 そのテーブルに肘をつきながら、いつも沈着冷静そうな東海林課長が少し蒼白になりながら走っていく姿を思い出すと、何故か胸騒ぎがした。 俺はスーツからスマホを取り出した。そして本社人事部にかける。 「あ、笹川です。ちょっと確かめて欲しいことがあるんですが」 『ええ、どうぞ』 電話に出た人事部の女性が滑らかに先を促す。もちろん、俺の特命のことは知っている。 「営業部の本田さん、今日、松岡工場の東海林課長と打ち合わせみたいなんですが、その内容って何だかわかります?」 『少々お待ちください』 パソコンのキーボードを操る音が幽かに聞こえたあと、女性の声が再び戻ってくる。その声が伝えた事実は俺の予想外のものだった。 『……えっと、本日、本田に打ち合わせの予定はないですね』 「え? じゃあ、急遽決まったのかな……」 俺が考えを巡らせていると、冷静な声が継がれた。 『いえ、そういうことではなく。笹川さん、営業部の本田は一昨日から一週間の予定で大阪に出張しています』 「えっ、本田さんは、そもそも本社にはいないってことですか……?」 『ええ』 簡潔に答えた女性の声に、俺は戸惑いを隠しきれないまま電話を切った。 本社にはいない人物に会うと告げて、急いで出かけて行った東海林課長……。 腕時計を見た。 午後三時。 勤務時間真っ最中に、嘘を吐いて仕事を抜け出したってことか? これは一大事だぞ……。 東海林課長から出かけた埃にむせそうになりながらも、俺は動揺を抑えるため、胸ポケットから取り出した煙草を無理やり咥えた。

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