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*** それから数日、東海林課長はいつもの東海林課長だった。 課員に的確な指示を出し、他部署と交渉し、迅速に仕事をこなしていく。 あの行動はたまたまだったのか? 東海林課長のような人物だ。きっとあの日だけ、どうしても仕事を抜け出さなければならない何か深い理由があったんだろう。 俺は次第にそう考えるようになっていた。 今日の分の検査が終わり、俺は報告書を持って実験室とは別室になっている東海林課長の部屋を訪ねた。 「失礼します。今日の報告書、ここ置いておきます」 東海林課長のデスクの上にはパソコンと、書類提出用のトレーが置いてある。中には課長の処理を待つたくさんの書類が積み上げられていた。俺もそこに自分の報告書を加える。 「ああ、ありがとう。笹川君、仕事にはもう慣れたかい?」 窓を背にした東海林課長がパソコン画面から顔を上げる。そしてサイドテーブルに整然と並べられたファイルの一つを手に取りながらにこやかに微笑んだ。 爽やかな笑顔だ……。 ブラインドの隙間から漏れる夏の夕暮れの日差しが、東海林課長の黒髪を艶やかに光らせていた。 壁際のキャビネットにしまわれている資料も一つ一つにラべリングがされ、使い勝手が良さそうだった。 「はい、舞浜さんが丁寧に教えてくれるので」 「そうか、それはよかった。わからないことがあれば、舞浜さんにでも僕にでもなんでも聞いてください」 東海林課長はデスクの上に肘をついて手のひらを組み、その上に顎を乗せて優しい声で言った。 ……だったら、先日は嘘を吐いてどこへ行ったんですか……? と聞きたいところをグッと我慢する。 やっぱり部下思いのいい上司じゃないか。もうあの日のことは忘れよう。 俺は「はい! ありがとうございます」と元気よく答え、部屋をあとにしようと扉に手をかけた。 しかしその時、俺の背後で甘ったるいメロウな着信音が鳴り響く。 ん? 東海林課長、こんな曲を着信音にしてるのか?  なんか、意外だな。 「あ、えっと」 鳴り続ける曲に刹那耳を澄ませていると、東海林課長が慌てた声を出した。 俺は肩越しに少しだけ後ろを振り返ってみる。すると、課長の顔が先日と同じ、蒼白に近い顔色に変わっているのが見えた。 そしてカバンから取り出し、急いで耳に当てたのは、あの黒いガラケー! 俺は一旦部屋を出る振りをして、閉め切らなかったドアに張り付いた。 「ん、わかった、すぐ行く」 東海林課長のそう答えた声が聞こえ、俺は慌てて隣の実験室に戻った。

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