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課長が入っていった薄いピンク色の建物を見上げながら煙草の箱を取り出すと、一本を咥え、火を点ける。 この一画は細い路地を挟むようにしてラブホテルが乱立していた。ラブホ以外にも普通のマンションなんかも立っているが、それらの建物すべてが押し黙ったかのように辺りは静かだった。蝉の声だけが建物の間を反響している。 ああ……、仕事もできて部下の信頼も厚い東海林課長も叩けば埃が出るってわけですね……。 ただの女性関係なら何の問題もないが、仕事を抜けてまで会いに行くってのはどうだろう。 プロジェクトに関わらせて頻繁に抜け出されでもしたら、たまったもんじゃないしな。人材としては勿体ないが、俺の出世にも関わるし。 特命係の人間として、今後の報告について考えを巡らせる。 だけどあの東海林課長を電話一本でホテルに呼びつけるなんて、一体どんな女なんだろう。 にわかに興味が湧いて、課長が出てくるのをしばらく待ってみようと考える。勤務時間中に呼びつける相手の女がもし社内の人間なら、一緒に報告しちまえばこれまた一石二鳥、一網打尽だ。 吸い終えた煙草を携帯灰皿に揉み消すと、東海林課長が入っていったホテルの向かいにある別のホテルの入り口付近に身を寄せた。看板と植え込みに隠れて立ち、新たな煙草を咥える。 でも、休憩だとしても二時間か……。 他人のセックス待ちだなんて、俺、一体何してんだか……。 ホテルの料金案内の看板を読みながら煙を吐き出した。 ……いや、これも仕事だ!  早く出世して、金を稼いで認めさせて、もうあいつらに俺を好きにはさせない! 俺は決意を新たにしながら実家での出来事を思い出していた。煙草を持つ右手が怒りに震え始める。 俺の家族は父、母、そして年の離れた姉がふたり。 このふたりの姉に、俺は子供の頃からずっと召使いのようにこき使われてきた。 上の姉は幼子を抱えて出戻ってきたくせに自由奔放で、もうひとりは生活能力のまったくないバリバリのキャリアウーマンだ。 大学受験で追い詰められていた頃でさえ、長姉には赤ん坊の世話を押し付けられ、次姉には毎朝弁当を作らされ、パンツまで畳まされていた。 しかも父は中小企業の万年係長であるのに対し、母は公務員だ。稼ぎのいい母に父は頭が上がらない。母は仕事が忙しくほとんど家にいなかったので、俺は子供の頃から家事を一気に引き受けていた。 就職してやっと実家を出たというのに、いまだに長姉からは子供を預かれと電話がかかってくる。

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