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「少しは落ち着きましたか?」
俺の淹れた緑茶の湯呑を両手で包み込み、キングサイズのベッドの端にちょこんと腰かけた東海林課長が小さく頷いた。
「取り乱して、す、すまなかった……、本当に。ぐすっ」
「ほら、鼻噛んで!」
俺はベッドヘッドにあるティッシュを箱から数枚引き抜くと、東海林課長の目の前に差し出した。思いっきり鼻を噛む東海林課長を横目に俺は大きく息を吐く。
猥雑なインテリアの空間に、スーツの男がふたり。
なんで俺がこんな目に……。男とラブホなんて誰かに見られでもしたら……。想像するだけで背筋に寒気がする。
でも、興奮した東海林課長がどうして俺がこの場にいたかなんて疑問を持たなかったのは助かったけど。
「あ、ありがとう」
鼻を噛み終え、俺を見上げた東海林課長の顔は愁いを帯びていて、無駄に綺麗だった。
「お、俺は言いふらしたりしませんし、その、イワオさん? とやらと課長を引き離す気なんか毛頭ありませんから」
俺はその無駄に綺麗な顔から慌てて目を逸らしながら言い放つ。
「すまない、笹川君……。僕、イワオさんに呼ばれたらすぐにでも会いたくなって。どうしても居ても立ってもいられなくなって……。仕事を抜け出すのはいけないって頭ではわかってるんだが」
課長はそこまで言って、また洟を啜り上げる。
この話の内容から察するに、やっぱり前回もイワオさん? と会うために会社を抜け出したってことだな。
「そのイワオさん? って、東海林課長の恋人なんすか?」
「え?」
何でそこで顔を赤らめるんだよ!!
「いや、どうでもいいっすけど」
頬を染めて鼻を噛んだティッシュをモジモジといじっている課長に投げやりに言うと、俺は冷蔵庫から缶ビールを取り出して力任せにプルタブを引き起こした。
飲まなきゃやってらんねぇ!
「うん、こ、恋人かな」
何故か嬉しそうに東海林課長が答える。
「だったら、ちゃんとふたりの時間が合うときに会えばいいじゃないすか。誘われたからって課長もほいほい出て行かずに、仕事中だって断れば……」
「そ、そんなの、ダメに決まってるじゃないか!」
勢いよく顔を上げた東海林課長が俺の言葉を遮る。
「は?」
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