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「あ、」
小さな喘ぎ声と大きな吐息が聞こえたあと、カラカラカラとトイレットペーパーを引き出す音が聞こえてきた。
お、終わったか……。
脱力しそうになるのを堪えながら、俺は腰に手を当て、東海林課長が入っている個室の扉の前に仁王立ちした。
スラックスを穿き、水を流す音が聞こえたあと、そろりと扉が開く。
「わっ、さ、笹川君!」
目の前にいた俺に驚いて東海林課長が瞳を見開く。上気した頬と僅かに乱れた黒髪からは、またもや無駄に色気が漂っていた。その様子に俺の怒りがさらに加熱する。
「課長! 会社のトイレで何やってるんすかっ!」
俺の詰問に東海林課長は視線を左右に泳がせながらも照れた笑みを見せる。
「だ、だって……、イワオさんが僕のイく声が、いますぐ聞きたいって……」
「――っ! ど、どうしてあんたって人は……っ、そうイワオさんの言いなりになるんすかっ!」
俺が呆れ果てた声で怒鳴ると、東海林課長はしゅんと項垂れる。
「はああああああ」
東海林課長を睨み下ろしながら、俺は短髪の頭をボリボリ掻いて盛大に嘆息した。
いくら恋人? のためだからって、会社のトイレで真っ昼間から言われたままにやるか?
「ああっ! もう、いいから! 早く手洗って! ヒノメディックさんが待ってますよ!」
「あ、そうだった!」
東海林課長は急いで手を洗うと、ハンカチで手を拭きながら俺のあとを着いてトイレを出てくる。
「ごめん、笹川君……」
背後で東海林課長の謝る小さな声が聞こえた。
「俺に謝ったってしょうがないでしょう」
俺は背を向けたまま冷たく言い放つと、さっさと歩いて実験室に戻った。
俺の忠告なんて何の効力もなかったのかよ。
あの人は俺の正体を知らないから。
自分の進退がかかってるなんて知らないから。
俺は自分の実験机に戻ると、黙々と検査を再開した。
……イワオさん、イワオさんって、バカじゃないのか?
無性に、むしゃくしゃした。
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