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翌週の金曜、俺は本社の人事部にいた。
定例報告日だ。
人事部長室で特命係の面々が順に潜入調査の経過報告をしていく。中原の辛辣な報告が終わると、次は俺の番だった。
「で、笹川君、東海林課長の様子はどうかな」
郷渡部長は黒革の肘掛け椅子から人を値踏みするような、ねっとりとした視線を向けてきた。俺はそれを正面から受け止め、口を開く。
「仕事は噂に違わず、ものすごくできる人だと思います。課員の信頼も厚いですし、上長としての統率力もあります」
俺の答えに郷渡部長がゆっくりと頷いたあと、先を促す。
「では、仕事以外のことは?」
部長の問いに、俺はゴクリと唾液を飲み込んだ。心臓が勝手に緊張し始める。
「ま、まだよくわかりません」
「……笹川君」
郷渡部長は俺の名を呼んだあと、もったいぶるかのように一度、言葉を切った。部長のダークブラウンの両袖デスクの上には書類が乱雑に積み上げられていた。その中には社員の今後を占う重要なものもあるのだろう。
「前にも伝えたが、このプロジェクトへの人選が君の評価にも繋がるということは、わかっているだろうね?」
「は、はい……」
頷きながら、じっとりとこちらを睨み続ける郷渡部長から視線を落とした。
……このままじゃ東海林課長はダメだ。
今はギリギリ隠し通せてはいるが、あの奇行がもし郷渡部長にバレでもしたらプロジェクトの参加どころか、首も危うい。
だけど、あの人が解雇されてみろ。これ幸いとイワオさん一辺倒に走るんじゃないか? 時間のすべてをイワオさんに使って、自堕落になって、もう常人の生活には戻れなくなって、生活費を稼ぐために体を売ったりして……。
あの人ならそんなことやりそうだ!!
俺はキリキリと痛む胃と苛立ちを抱えながら、部長室を後にした。
「どうしたんだよ、笹川。今日の報告、歯切れが悪かったな」
中原が声をかけてくる。
「あ、ああ。いい人、なんだがな……」
そう、東海林課長ってなんか憎めないんだよな。いつも一生懸命というか……。
「いい人?」
すると中原が前髪を掻き上げながら鼻で笑った。
「おいおい、あんまり調査対象に感情移入すんなよ? 公平に見られなくなるし、何よりあとで辛いからな」
中原は俺の肩をポンポンと叩いて、廊下の先へ歩いて行った。
あとで辛い……。それは自分の報告で調査対象が左遷されたり解雇されたりしたら、という意味だろう。
でも東海林課長は、仕事は、できる人なんだ。
イワオさんのことさえなければ、プロジェクトに参加させたら絶対に功績は上げるはず。
そうだ!
俺は明るい気持ちで顔を上げた。
俺があの人を真っ当な人間にすればいいんだろ!?
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