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「そんなこと俺は知らないっすよ! とりあえず、会社でまで泣かないでください!」
正体がバレたのかも、なんて心配した自分自身に怒りすら覚える。
「ご、ごめん。こんなこと相談できるの、君しかいなくて」
課長は俺のハンカチで目元を拭うと、涙を堪えるために俯いて下唇を噛んだ。
どうしてこの人は……!
ってか、いつの間にか俺、相談相手にされてるし!
「はあああ」
呆れた溜息を吐いて、東海林課長に向き直った。
「課長、今夜、予定あります?」
「へ?」
潤んだ瞳で俺を見上げた課長が間抜けな声を出す。
「もうイワオさんのメールがどうのなんて忘れて、今夜は俺と飯でも食いに行きましょうよ」
「え、でも……」
「駅前に八時。いいですね? 俺、待ってますから」
一方的に告げると、俺は課長の手元から涙で濡れたハンカチを奪い取った。
この人にイワオさんのことを考える時間を与えちゃダメだ。
「さ、笹川君っ!」
背後から東海林課長の困惑した声が聞こえてきたけど、俺は湿ったハンカチを握り締めながら、一度も振り返らずに喫煙室を歩き去った。
*
「課長は酒、呑めるんすか?」
居酒屋の座敷で、俺は手元のメニュー表を見ながら、向かいに座っている東海林課長に訊ねた。
「た、嗜む程度は……」
正座した課長はメニュー表で顔の下半分を覆い隠しながら、おどおどとした上目遣いでこちらを見ている。
何警戒してんだ、この人……。
「じゃ、俺ビール。課長は?」
「じゃあ僕も」
「すんません、生二杯!」
声を張り上げるとすぐに店員の元気な声が返ってきた。
カウンターと座敷に二席あるだけのこの小さな居酒屋は、表のみすぼらしい店構えとは裏腹に満席だった。年季の入った変色した壁には、『ニラ玉』だとか『豚足』だとか書かれた紙がいくつも貼り付けられている。
飛び込みで入った店だけど、男ふたりなんだし、気取った店じゃなくてもいいよな。
俺はカウンター上部の黒板に書かれた今日のおススメを見ながら、「なんか好き嫌いありますか?」と課長に問う。
「え、いや、特にないよ」
挙動不審な東海林課長を尻目に俺は適当に食い物も頼むと、運ばれてきたビールで無理やり乾杯をした。
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