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「遠慮しないで飲んでくださいよ? 今日は俺が誘ったんですし、俺が払いますから」 「い、いやそれはいいんだけど、なんだかこうして誰かとふたりで食事するって緊張しちゃって」 困ったように笑いながら課長がビールに口をつけた。 「ふーん、イワオさんとやらと飯食いには行かないんすか?」 じろりと課長の顔を見ながら、俺もビールを呷る。 「い、一度あるよ!」 すると勢い込んだ課長が何故か自慢気に答えた。 「松野屋の牛丼を一緒に食べたんだけど、緊張して味はわからないし、ほとんど喉を通らないし……。特盛りにしなくてよかったって、心底思ったよ……」 ビールのジョッキに付いた水滴を指先でいじりながら話す東海林課長の顔は、その時の様子を思い出しているのか緩んでいる。 「そ、そうっすか」 へー、課長はイワオさんの目の前では飯さえ食えなくなるのか。 ……って、どこの乙女だよ!! でも飯を食ったのは一度、ということは、イワオさんとの付き合いは浅いのか? 浅ければまだ手を切るのも簡単かもしれない。 「課長とイワオさんの付き合いってどのくらいなんすか? まだ短いんでしょ?」 俺は気を取り直して訊ねた。 「どうかな……えっと、今年で……五年目?」 「ご……?」 指折りながら尻上がりに答えた東海林課長に、俺は言葉を詰まらせた。 ご、五年!? 五年も付き合ってて食事に行ったのは一度きりで、しかもそれは牛丼で、しかもホテルでは置き去りにされてんのかよ? 「はああああ」 「どうした? 笹川君?」 嘆息する俺の顔を不思議そうに覗き込む東海林課長の手元には黒い二つ折りのガラケーが置かれていた。俺と話している最中も課長がそのガラケーをちらちら見ていることに心底苛つく。 まだイワオさんのメールを待ってやがるな……。 「大体そのガラケー何なんすか? 課長は普段、スマホじゃないですっけ?」 「ああ、これはイワオさん専用携帯なんだ。古くて使い勝手が悪いんだけど、これまでのイワオさんからのメールがすべて入ってるし、何より、イワオさんと出会ってからの思い出も詰まってるから、どうしても変えられなくって」 東海林課長は黒いガラケーをパタパタと開けたり閉めたりしながら頬を染める。 「はいはい。でも課長はモテるでしょう? 何もそんなにイワオさんとやらにこだわらなくたって……」 俺が豚キムチを頬張りながら興味なさげに言うと、突然、東海林課長が口元に運ぼうとしていたビールのジョッキをドシンとテーブルに置いた。 「そんなわけないじゃないかっ!」

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