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「へ?」
「僕が、ぼ、僕なんかが、モテるわけ、ないじゃないか……っ!」
声を荒げた東海林課長は、胸を詰まらせたように苦しげに息を吸うと、目に涙を浮かべた。
「ちょ、何なんすか! また公共の場で泣く! いい加減にしてくださいよ!」
俺は焦って課長の目元におしぼりを押し付けた。
「す、すまない、笹川君。つい興奮して……。でも僕は本当にモテないんだ。……ずっと、ひとりだった」
東海林課長はおしぼりで顔を覆うようにして涙を拭う。
「中学の時に自分の性的指向に気づいた。でもその頃の僕は無垢で純粋で、何の疑問も持たずに、好きだった男友達に告白したんだ。そうしたら翌日から……、それは凄惨な……」
「ああ、もういいっす! なんか想像つきますから!」
俺は慌てて手を振って、東海林課長の暗い青春時代を遮った。
俺の想像してた課長の学生時代とはエライ差だな……。
「あ! でも女子からはキャーキャー言われてたでしょ?」
場を持ち直すように課長のほうへ身を乗り出して言うと、課長は眉を顰め、怪訝な顔つきになった。
「女子……? 僕は中高一貫の男子校出身だ」
「あ、そうすか……」
すごすごと引き下がる。
東海林課長は垂れる鼻水をおしぼりで拭きながら、もう片方の手でガラケーを強く握り締めていた。
「……僕はずっと、ずっとひとりで、誰にも心を開かず、勉強一筋に生きてきた。でも五年前、出張で行った都市で接待を受けた帰り、道に迷って、そういう……街に迷い込んでしまったんだ。そこで声をかけてきてくれたのがイワオさんなんだ。しかもイワオさんの地元もここ松岡だったんだよ! 笹川君、これって運命だと思わないか!?」
「はぁ……」
俺は課長の期待の籠った視線を軽くかわしながら、上の空で返事をする。
ということは、イワオさんが東海林課長の初めての男で……。ってか、恋愛自体イワオさんが初めてってわけか。だから比較対象がないせいで、あんな対応されても疑問を持っていないのか?
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