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「でも、もう終わりなんだね……」 ガラケーを握ったまま、課長がぼそりと呟く。目の前で哀しみにじっと堪えるように俯いてしまった東海林課長に、俺は頭を掻きながら視線を向けた。 なんでだろう。この人を見てると、俺の中で庇護欲のようなものが膨らんでくる。 ああ、もうっ、また課長の目から涙が溢れそうになってる! 「あー、でも今の東海林課長だったら、その……、男から見たらどうかとかはよくわからないっすけど、学歴だって仕事だって一流だし、ルックスだって……」 俺があちこちに視線を漂わせながら言葉を探していた時だった。 東海林課長の手元からメロウな着信音が鳴り響く。 「あっ!」 課長は大声を上げ、急いで手元のガラケーを開けると、画面を食い入るように見つめた。 「メール! さ、笹川君! イワオさんからメール来たっ!」 パアッと花が開くような笑みを見せて、東海林課長は俺の顔の前に携帯電話の画面をぐいっと近づける。 そこには一言、『携帯の調子が悪かった』とだけ書いてあった。 「笹川君! ありがとう! よかった、僕、イワオさんに見捨てられたんじゃなかった!」 東海林課長はガラケーを胸に抱き締め、今度は嬉し涙なのか指先で目尻を拭いながら、心底安堵した息を吐いて微笑んだ。 課長のそんな顔を見た途端、何故か俺の心臓がズキンと痛んだ。 なんだ、その嬉しそうな顔……。 俺がさっき課長のために探してた言葉なんて、この人、もう覚えちゃいねーよな。 イワオさんからのたった一通、しかもあんな一文だけで、あんたはそんな顔になれんのかよ。俺だったら、メールの一通や二通、いや、この人をもっと……。 そこまで考えて、俺は顔を顰め、ひとり身震いをする。 ――はあ? もっと、なんだよ! 俺! 「笹川君?」 東海林課長がキョトンとした目で俺の顔を覗き込んでいる。 「ああ、よかったっすね。何か飲みますか?」 俺は素っ気ない声で返事をしながら、何も感じなかったかのように東海林課長に向かってメニュー表を広げてみせた。

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