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「また東海林課長を借りて悪いな」
そう声をかけながら喫煙室に入ってくると、部長は俺の隣で煙草を咥えて火を点けた。
「あれ? 部長はもういいんですか?」
「ああ、俺は一服したらすぐに製造部に戻らなきゃならんのだよ。それに俺があの場にいても役には立たんからな」
「え?」
「この工場で薬学の専門用語を駆使して英会話ができるのは東海林課長だけなんだよ。本当は製造部から人を出さなきゃならんのだが、ついつい課長に頼ってしまってな」
部長は紫煙を吐き出しながら苦笑いをする。
俺は先ほどの東海林課長の姿を思い出した。
スーツに白衣を羽織った出で立ちは、すらりとしていてスタイルがよく、垣間見えた端正な横顔は外国人を前にしても見劣りすることはなかった。加えて、課長の口から聞こえた英会話はほれぼれしてしまうほどの流暢な発音だった。
ドクン。
その時、俺の心臓が不規則に波打った。
なんだ、これ、不整脈か……? 俺、まだ若いのに……。
左手で胸を押さえ、目の前にちらつく東海林課長の残影にイライラしながら、俺は話を続ける。
「……そう、だったんですね。でも最近、外国人のお客さん多いですよね」
「ああ、副社長直々の客だとかで、忙しいこちらとしても無下に扱うこともできなくてな」
「へー……」
副社長という単語が出てきて、俺は少し思考を巡らせる。
副社長は営業出身の叩き上げの人物で、創業者一族の社長とは対立する派閥を築いている。この三愛製薬の二大派閥だ。もちろん人事部に所属している俺は、人事部長が社長派である以上、社長派に属するわけだ。
「英会話でもそうだが、東海林課長には色々と助けられているよ。君は知らないだろうが、昔、製造部と品質管理課はそれはそれは仲が悪かったんだ」
「え! ほんとですか」
俺は煙草を口から離し、驚いた顔で製造部長の顔を見つめる。部長は指先に煙草を持つと、少し遠い目をした。
「ああ、お互いがお互いを信頼してなかったというか。問題が起きるとそれぞれに責任を押し付け合って……。同じ会社の仲間だっていうのにな。東海林課長は着任後、そんな互いの関係改善から始めたんだ」
「そうだったんですか……」
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