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「仕事をする上で一番大切なことは何かってことを彼には教わったよ。今は本当に仕事がやりやすい。……おっと、じゃ、俺はそろそろ戻るかな」
部長は腕時計で時間を確認すると、煙草の火を灰皿に揉み消し、喫煙室を出て行った。
俺は仕事をしているときの東海林課長の凛とした表情を思い浮かべながら、煙を胸の奥まで吸い込んだ。
課長、あんたって人は……。
広い視野を持って仕事に当たり、持っている技術も高く、他部署からの信頼も厚い。
俺、課長のこと、思わず尊敬しちゃいましたよ……。
「はああああ」
深い深い溜息とともに煙を吐き出しながら、俺も煙草の火を揉み消す。
なのに、どうして……。
どうして、恋愛スキルだけは異常に低いんすか……?
東海林課長とイワオさんの関係は依然として変わらず、俺の潜入調査の残日数だけがただ無情に過ぎようとしていた。
*
それから数日が経った金曜だった。
俺が自分の実験机で検査の手を止めてふと顔を上げると、舞浜さんと何か話をしている東海林課長の後ろ姿が目に入った。課長は白衣を着ておらず、手にはカバンを提げている。
「本当に大丈夫ですか? 最近また夜遅くまで残業なさってたからですよ」
「いえ、大丈夫です。本当にすみません。あとは頼みました」
東海林課長は小さく頭を下げると、少しふらついた足取りで実験室を出て行く。舞浜さんは奥の部屋から検査装置のアラーム音が聞こえたようで、慌ててそちらに向かって走って行った。
俺は手に持っていた器具を机に置くと、急いで実験室を出る。
東海林課長、一体どうしたんだ? どこへ行くんだ?
定時の五時半までまだ一時間はある。
まさか、また……?
「課長、どこ行くんすか?」
壁に寄りかかってエレベーターを待っていた東海林課長に追いつき、声をかけた。俺の呼びかけに課長は少し顔を上げ、目を細める。
「あ、笹川君。僕少し、体調が悪くて、……早退、させてもらうんだ」
辛そうに眉根を寄せ、途切れ途切れに答えた課長の端正な顔は青白く塗りかえられ、明らかに具合が悪そうだった。こめかみには冷や汗が浮かんでいる。
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