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「ありがとう、笹川君、ほんとに……もう、大丈夫だから」 エレベーターが一階に辿り着くと、東海林課長は頑なに俺の腕を拒み、覚束ない足取りでエントランスホールに歩き出した。しかしすぐに立ち止まって辛そうに壁に寄りかかってしまう。 「東海林課長!」 見ていられず、俺はまたすぐに課長の腕を取った。 玄関のガラスドアから陽の光が差し込み、エントランスホールは眩しいくらいに明るかった。ホールの隅には来客用の応接セットや観葉植物の鉢植えなどが置かれている。今は誰もいないその応接セットの革張りのソファに東海林課長を連れて行った。 「一旦、ここに座りましょうか」 「すまない……」 課長を腰掛けさせると、俺はホールの掲示板に張り出されている時刻表の前まで歩み寄った。 「課長、電車ですよね? どうします、もう駅まで歩くのは……」 腕時計で時刻を確認しながら後ろを振り返った時だった。 「――って、何してるんすか、課長!」 大人しくしてるはずの東海林課長はソファにぐったりと深く腰掛けたまま、ポケットから黒いガラケーを取り出し、虚ろな目でポチポチとメールを打っていた。 「イワオさんに……、メール」 「それは見りゃわかりますけど! 今あんた、そんなことしてる余裕ないでしょ? ってか、なんですか、イワオさんがここまで迎えに来てくれるんすか!?」 肩で息をしながらも震える指先でメールを打ち続ける東海林課長を、俺は睨み下ろす。 「いや……きっと、来て、……くれない」 携帯画面から目を離さず課長が答える。 「じゃあ、どうして!」 「だって……」 課長は目元に微かな笑みを作った。 「……辛い、ときは、好きな人に、甘えたい……じゃないか……」 そして、メールを打ち終えたのかガラケーをパタンと閉じるとポケットにしまい込んだ。 「…………」 喉の奥がひりついた。 なんなんだ、この人。 目の前にいる俺の腕は拒んどいて、どうして呼んでも来やしない人に甘えるんだ? 俺は東海林課長の元を離れ、つかつかとホール横の事務所に歩いて行く。 「忙しいとこすんません、タクシーを一台呼んでくれませんか? なるべく急ぎで」 扉を開け、事務の女性に声をかけると、ホールに戻って課長の隣に腰を下ろす。 「タクシー呼んでもらいましたから」 俺の声に課長はソファの後ろの壁に頭を持たれかけ、苦しそうに目を瞑った。

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