28 / 98

3‐7

「課長、タクシー来ました。立てますか?」 東海林課長の頭から手を離し、身体を支えながら立ち上がらせた。 玄関を出てタクシーの後部座席になんとか課長を乗り込ませると、車内に半身を差し入れ、運転手に声をかける。 「この辺で内科のいい病院あります?」 「まあ、この辺りなら白石さんかな?」 「じゃあこの人をその病院までお願いします」 しかし運転手は後ろの課長を見やり、あからさまにやっかいそうな顔つきをする。 「大丈夫かい、この人。吐かれでもしたら迷惑なんだけど」 俺はスラックスのポケットから財布を取り出すと、紙幣を抜き取り、運転手に手渡す。 「お釣りは要らないんで、病院に連れて行ったら診察が終わるまで外で待っててください。そしてそのあと、この人から自宅の住所を聞いて、そこまで送りつけてください」 「あ、ああ」 運転手は金を受け取ると、少し苦い顔をしながらも頷いた。 「課長、いいですか? 俺はまだ仕事があるんで一緒には行けないですけど、この運転手さんが病院まで連れて行ってくれますから。ちゃんと診察してもらってくださいね?」 荒い息を吐く東海林課長に言い聞かせると、車体から身を離した。 「笹川君……」 課長がか細い声で俺の名前を呼んだ。 「なんすか?」 慌てて再び車内に顔を寄せる。 「……ありがとう」 東海林課長は安心したかのように小さく微笑んだ。 ドキンと心臓が強く鳴り、顔が紅潮しかける。 俺は即座に課長の顔から目を逸らし、運転手に声をかけた。 「出してください」 俺が離れると、扉が閉まりタクシーは動き出した。 黄色い車体が視界から見えなくなったあとも、俺は長い時間、その場に立ち尽くしていた。

ともだちにシェアしよう!