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「あれ、笹川君、どこ行ってたの? 製造二課の吉岡さんが活性値教えてくれって言ってたわよ?」
実験室に戻った俺に舞浜さんが声をかけてきた。
「あ、すんません。課長を下まで送ってきました」
俺はパソコンの前に座ると、午前中の検査で出しておいた酵素の活性値をプリントアウトする。
「え、そうだったの? 大丈夫だった?」
「あまり……。だからタクシーに乗せてきました」
「そうなの……」
舞浜さんは俺の隣の実験机で器具を片付けながら、東海林課長の部屋のほうへと視線をやった。
「実は課長、前にここで倒れたことがあるの」
「えっ」
俺は驚いた声を上げ、パソコン画面から隣の舞浜さんに顔を向けた。舞浜さんは手を止めて小さく息を吐く。
「その時も残業が続いてて。あとから守衛さんに聞いた話によると、連日この工場で最後のひとりになるまで残って仕事をしていたそうよ。でも課長は部下に仕事の割り振りができないとか、そういうんじゃないのよ。こう、なんていうか自分に厳しい、というか……ね」
舞浜さんの言葉に、俺はただ頷いた。
『ずっと、ひとりだった』
居酒屋で東海林課長が言った言葉が思い出される。
きっと課長はこれまで誰にも頼らずに生きてきたんだろう。
俺の支える腕も課長は頑なに拒んだ。
『……辛い、ときは、好きな人に、甘えたい…じゃないか……』
でも課長は、イワオさんは求めるんだ。
課長が求めているのは、イワオさんだけ、なんだ。
「……っ」
そう思い至ると、課長の頭を抱いた時と同じ痛みがまた胸の奥を走った。
なんなんだ、これは……?
「それを知ってたから今回は私が早く気づけたんだけど。それにしても、課長のプライベートを見てくれる誰かいい女性はいないのかしら。あれだけ素敵な男性なのに」
ふふっと微笑んで立ち上がった舞浜さんだったが、ふと俺の顔を見て首を傾げた。
「あれ、笹川君、どうしたの? 何か怒ってる?」
「え? 怒ってなんか……」
「いえ、違うわ」
舞浜さんは片手にメスシリンダーを持ったまま、じっと俺の顔を見つめてくる。
「どうして、そんな泣きそうな顔をしているの?」
「――っ」
俺は咄嗟に立ち上がると、プリントアウトされた用紙を掴んだ。
「お、俺、製造二課に行ってきます!」
舞浜さんの視線から逃げるように身を翻して、実験室を出た。
廊下を走って製造部を目指す。
俺が泣きそうだって?
なんでだよっ!
舞浜さんの言葉を振り払うように頭を振った俺の白衣のポケットで、携帯電話が鳴った。
中原からだった。
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