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「もう、どいつもこいつも……、はああああ。マジで泣くなよ?」
カウンターでうとうと眠り始めた中原に溜息を吐きながら、ビールのジョッキに手を伸ばした俺の頭の中で、舞浜さんの声が蘇る。
『どうして、そんな泣きそうな顔をしているの?』
「――っ」
ち、違う! 泣きたくなんて、なってねぇ!
課長がイワオさんしか求めてないから?
は? まさか、そんなことで俺がダメージ受けるはずがないだろ?
断じて違う!
課長とイワオさんがどうなろうが俺の知ったこっちゃないし!
そもそも、なんなんだよ、俺! 課長の頭を抱き寄せるとか!
あ、あの時は課長の体が心配で血迷っただけだ!
それに課長がイワオさん、イワオさんってバカみたいにこだわるから、変な対抗心が……。
そうだ、それだ!
俺は延々と思いつく限りの理由を考え出し、自分を落ち着かせようとする。
でも……、だったら、あの時の心臓の痛みは何だったんだ?
「あー、もう、くそっ!」
俺は声に出して悪態を吐くと、腕を伸ばして眠りこけた中原の頭を鷲掴んだ。
そしてそれを自分の肩に無理やり寄り掛からせる。
「こうだったか……?」
「ん? あ?」
パチリと目を覚ました中原が腕の中で身動ぎした。
「……さ、笹川、何してんだよ」
けれど俺は手を緩めることなく、手のひらに感じる中原の髪の毛の感触と体温とに集中する。
「おいっ、やめろって!」
「ああ、すまんすまん、ちょっと確かめさせてくれ」
口先だけで謝りながら、中原の頭を離さない。
あれ? いや、もう少し……。
「は? 何だよ、確かめるって! くそっ、やめろ!」
すっかり覚醒した中原が両腕を突き出し、力任せに俺の身体を押し退けた。
「笹川、おまえ! 気でも迷ったか!」
俺の肩から飛び退いた中原が怒鳴り始める。
「俺は女がいないからって男には用はねぇ!」
「それは俺も、だ……」
喚き続ける中原を放ったまま、俺はビールのジョッキに視線を落とす。結露した滴が表面を伝ってテーブルに小さな水たまりを作っていた。
「なんで、なんだ……?」
俺は戸惑いを吐き出す。
――何も感じなかった。
中原の頭を抱き寄せても、俺の心臓は、課長を抱いた時のような痛みを感じることはできなかったんだ。
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