31 / 98

3‐10

「もう、どいつもこいつも……、はああああ。マジで泣くなよ?」 カウンターでうとうと眠り始めた中原に溜息を吐きながら、ビールのジョッキに手を伸ばした俺の頭の中で、舞浜さんの声が蘇る。 『どうして、そんな泣きそうな顔をしているの?』 「――っ」 ち、違う! 泣きたくなんて、なってねぇ! 課長がイワオさんしか求めてないから? は? まさか、そんなことで俺がダメージ受けるはずがないだろ?  断じて違う! 課長とイワオさんがどうなろうが俺の知ったこっちゃないし! そもそも、なんなんだよ、俺! 課長の頭を抱き寄せるとか! あ、あの時は課長の体が心配で血迷っただけだ! それに課長がイワオさん、イワオさんってバカみたいにこだわるから、変な対抗心が……。 そうだ、それだ! 俺は延々と思いつく限りの理由を考え出し、自分を落ち着かせようとする。 でも……、だったら、あの時の心臓の痛みは何だったんだ? 「あー、もう、くそっ!」 俺は声に出して悪態を吐くと、腕を伸ばして眠りこけた中原の頭を鷲掴んだ。 そしてそれを自分の肩に無理やり寄り掛からせる。 「こうだったか……?」 「ん? あ?」 パチリと目を覚ました中原が腕の中で身動ぎした。 「……さ、笹川、何してんだよ」 けれど俺は手を緩めることなく、手のひらに感じる中原の髪の毛の感触と体温とに集中する。 「おいっ、やめろって!」 「ああ、すまんすまん、ちょっと確かめさせてくれ」 口先だけで謝りながら、中原の頭を離さない。 あれ? いや、もう少し……。 「は? 何だよ、確かめるって! くそっ、やめろ!」 すっかり覚醒した中原が両腕を突き出し、力任せに俺の身体を押し退けた。 「笹川、おまえ! 気でも迷ったか!」 俺の肩から飛び退いた中原が怒鳴り始める。 「俺は女がいないからって男には用はねぇ!」 「それは俺も、だ……」 喚き続ける中原を放ったまま、俺はビールのジョッキに視線を落とす。結露した滴が表面を伝ってテーブルに小さな水たまりを作っていた。 「なんで、なんだ……?」 俺は戸惑いを吐き出す。 ――何も感じなかった。 中原の頭を抱き寄せても、俺の心臓は、課長を抱いた時のような痛みを感じることはできなかったんだ。

ともだちにシェアしよう!