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朝礼が終わり、俺は実験机で仕事を始めようとしていた。
『おはよう、さ、笹川君』
その声に手を止めて振り返ると、照れたように俯き、モジモジと視線を揺らす東海林課長が立っていた。
な、なんだ……?
課長の顔を見るとドクンと心臓が跳ねた。しかも課長の頭を抱いた右の手のひらが再び熱を持ったように感じ、俺は無意識に背中側へとその手を回してしまう。
やっぱり……。
そして中原には感じなかった胸の痛みがまた襲ってくる。俺は自分自身に眉を顰めた。
『か、課長、もう体調は……』
『笹川君、君、なんだろ?』
やっと出した俺の言葉を遮り、東海林課長は興奮した面持ちで話し出す。
『な、何がっすか?』
『金曜、僕が体調を悪くして早退した日、どうやって辿りついたかもわからないまま、気づいたら病院のベッドの上で点滴を打たれてたんだ。だいぶ楽になって帰ろうとしたら、外にはタクシーが待ってるじゃないか! 運転手に話を聞いたら、背の高い若い男性に指示を受けたって……』
『え、ああ……』
『やっぱり、笹川君なんだね!? ありがとう! 助かったよ! 僕を病院に連れて行くよう言ったのも君なんだってね?』
まだ少し掠れた声で東海林課長は嬉しそうに話を続ける。
『僕、舞浜さんに声をかけて早退したとこまでは覚えてるんだけど……。自分で思ったより酷かったみたいで君にはすっかり世話をかけてしまったようだな。本当にすまなかった』
課長は俺に向かって小さく頭を下げたあと、恥ずかしげにうなじを掻いた。
『いえ……』
え?
俺は一瞬、東海林課長の話をスルーしてしまいそうになったが、眉根を寄せて疑問を呈する。
『あ、あの、課長……?』
『ん?』
『……他には、何も覚えてないんすか?』
俺は窺うように課長の顔を覗き込んだ。
舞浜さんに声をかけて、そのあと気づいたら病院で点滴を受けていた?
『え? 他って何をだい?』
純真無垢な感謝の輝きに満ちた瞳で見つめ返され、俺は慌てて手を振った。
『い、いや、なんでもないっす!』
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