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*** 「はああああ」 俺はまた、煙と一緒に溜息も吐き出していた。 東海林課長が覚えていなくてホッとしたような、がっかりしたような……。 俺は煙草を指に挟んだままの右の手のひらを見つめた。 がっかり? いや、覚えてなくてよかっただろ!? 男の頭を抱き寄せたんだぞ!? 「ああああ、くそ……。何考えてんだ、俺」 悪態を吐きながら顔を上げると、隣のベンチに座る課長の横顔がちらりと見えた。白く無機質な蛍光灯の灯りは課長の端正な顔に暗い影を作っている。 なんだ、あの思い詰めた表情は……。またイワオさんからメールが来ないとか悩んでんのか? 舞浜さんがこんな様子の課長を見ても、きっと仕事のことで悩んでるとしか思わないんだろうな……。 俺は煙草を吸い終えると、喫煙室を出てまた自動販売機で缶コーヒーを一本買った。そしてそれを課長の目の前に差し出す。 「ほら、これ飲んでください」 なんでこの人はこう世話を焼かせるんだ。 「あ、ありがとう、笹川君」 課長は寂しそうな笑顔を見せて缶コーヒーを受け取る。 絶対、またイワオさんと何かあったな。 俺は手に持っていた自分の缶コーヒーを呷って飲んでしまうと、自動販売機横のゴミ箱に投げ捨て、実験室に戻り始める。 でももう俺は、イワオさんの話を聞いてやったりしねーぞ!  結局、東海林課長とイワオさんの問題なんだ。 それに……、課長と深く関わると、なんか、俺がおかしくなる気がする。 心の隅に自分ではコントロールできない感情が潜んでいるようで不安だった。 実験室の扉を開けると、もうほとんどの課員は退社していて、残っている人も後片付けをしていた。 俺も白衣を脱いでカバンを持った。 さあて、帰るか。 実験室を出た俺は何気なく薄暗い廊下の最奥を見やった。そこにはまだ項垂れた東海林課長がベンチに座っているのが見える。 ああ! もうっ! 俺はずかずかと廊下を歩いて行き、課長の目の前に立った。 「東海林課長、もう仕事終わったんでしょ? 帰りますよ?」 俺は一方的に言うと、課長の腕を掴んでベンチから引っ張り上げた。 「え、笹川君? あ、うん……」 一瞬、困惑した課長だったが、なんとか立ち上がる。 この人をひとりにしておくと、ロクでもないことをしそうな予感がする。いや、その予感しかしない。 「さあ、今ならいつもより早い電車に間に合うんじゃないっすか? まだ病み上がりなんだし、たまには早く帰ったらどうっすか?」 「そ、そうだね、笹川君。じゃあ僕、まだ残ってる人に挨拶だけしてくるよ。あ、これありがとうな」 東海林課長は缶コーヒーの空き缶をゴミ箱に捨てると、カバンを置いたまま実験室へ向かってパタパタと走って行った。その後ろ姿を見送りながら俺はまた溜息を吐く。 結局俺、東海林課長のことまた構ってるよ……。くそっ。

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