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「なんてジュースでしたっけ?」
「え……」
「俺、一瞬しか見てなかったっすけど、ピンクっぽいラベルが付いてましたよね?」
「あ、うん『ピルフル』っていう乳飲料でお腹にやさしい乳酸菌入り……」
「わかりました。ピルフルっすね」
俺は一番手前のビニール袋を開けた。手を突っ込み、下方のペットボトルを掻き上げてはラベルを確認していく。
「この袋はお茶ばっかっすね」
次の袋に手を掛ける。そこにも『ピルフル』なるペットボトルは入ってない。
その次も、その次もその次も……。
どれだけ時間が経ったのか、ただでさえクーラーのない、閉め切られたこのゴミ集積室は、匂いも酷く、俺は汗だくになっていく。
「笹川君、やっぱりもういいよ」
背後の東海林課長が申し訳なさそうな声を出した。
「ごめん、僕が大人げなかった」
「そんなことないっす」
俺は手を休めることなく、課長に背を向けたままそう答える。
「大切な人からもらったものを勝手に捨てたのは俺ですから。俺、いつも課長を泣かせてばかりっすよね」
腕で額の汗を拭いながら、ペットボトルのラベルを一つ一つ確認していく。
そうだ。俺は課長を泣かせてばかりだ。
ラブホテルの前で課長の秘密を知った時も、居酒屋で飯を食った時も、そして今日もまた……。俺にとってはただのペットボトルでも東海林課長にとっては宝物だったんだ。
「たまには俺が課長を笑顔にしたいんすけど……あっ!」
その時、新たに開けたビニール袋の中に、ピンク色のラベルのペットボトルが入っているのが見えた。手に取ってラベルを読むと、『ピルフル』と書いてある。しかも他のペットボトルより小奇麗な気がした。俺はそれを持って課長を振り返った。
「課長、これじゃないっすか!?」
俺の手元に飛びついてきた課長は、じっくりとそれを見ると途端にぶわっと涙を溢れさせた。
「わ、どうしたんすか、課長!」
東海林課長はペットボトルと俺の腕を一緒に掴むと、嗚咽で声を詰まらせながらも勢いよく、コクコクと首を縦に振る。
「これで合ってるんすね?」
課長はまたコクコクと頷く。
「はあああ、よかった」
俺は力尽きて床に座り込んだ。課長もペットボトルを胸に抱えて、俺の隣に腰を下ろす。
「……あ、ありがとう、ぐすっ、笹川君!」
「いや、俺のほうこそすんませんでした」
謝罪し、顔を上げると、間近に泣き濡れた東海林課長の顔があった。
いつの間にか、俺の手は課長に向かって伸びていた。
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