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焦って四方を見渡すと、遥か後方で人ごみの中に埋まっている東海林課長の姿が見えた。課長は立ち止まって、不安そうな顔つきでキョロキョロと辺りを見回している。 もう、あの人はっ! 俺は人の流れを逆行すると、なんとか課長の元まで辿りついた。 「課長!」 「あ、笹川君! ごめん、うまく流れに乗れなくて、はぐれたかと思ったよ」 俺の顔を見つけると、明らかに安堵した表情を見せた東海林課長が、照れたように微笑む。 いや、完全にはぐれてたんだけど! ……だけど! なんだよ、そのはにかんだ顔! 「くそっ」 次の瞬間、俺は腕を伸ばして、東海林課長の左手を掴んでいた。 「え?」 驚いた課長が声を上げる。 「こうしとけば、はぐれないっすよね?」 俺は前を見たまま乱暴に言うと、ぐいぐいと課長を引っ張って人ごみの中を歩き始めた。課長は黙ったまま俺に手を引かれている。 今、東海林課長がどんな顔をしているのか見る勇気はなかった。自分の顔はもっと見たくない。 ただ課長がはぐれないようにするためだ。 俺は歩きながら自分自身に言い聞かせる。 でも課長の手からじわじわと熱が伝わってくると、俺の頭の中は沸いた湯の中みたいにぐらぐらになって、何も考えられなくなっていく。 なんなんだ、この感覚は!? 混雑した映画館を抜け出し、通りに出ると、すぐに手を離した。激しく波打つ心臓を落ち着かせようと、深い息を吐く。 けれど手のひらには課長の肌の滑らかな感触と体温が、まだ残っていた。その余韻を逃さないかのように俺は手を握り締め、通りに目をやったまま声をかけた。 「課長、どうします? もう帰ります? それともどっかで飯でも……」 「……あの、笹川君」 東海林課長がおずおずと言葉を発した。 「なんすか?」 思わず振り返って見た課長の顔は、不安げに俯き、視線を左右に揺れさせている。 どうしたんだ? 手を繋いだこと、怒ってんのか……? 「笹川君」 課長はもう一度俺の名を呼ぶと、つっと思い詰めた顔を上げる。そして覚悟を決めたかのように口を開いた。 「……よかったら、僕の家に来ないか?」

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