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「イワオさんにはまだ食べてもらったことはないんだけど、いつか食べてもらえたらって、ずっと練習してて」 目の前の課長は明らかに俺ではない人物を思い浮かべながら幸せそうに頬を染め、話を続ける。 「肉か魚か迷ったんだけどやっぱり……」 『バンッ』 堪らず、力任せに箸をちゃぶ台に叩きつけ、東海林課長の話を遮った。 「え、笹川君?」 「今、飯食ってんの、俺っすよね?」 俺は目の前の料理を見据えたまま、冷えた声音で小さく呟いた。舌の上から急速に飯の味が失われていく気がした。 「え、あ、笹川、君……?」 課長は明らかに困惑した声を揺らす。 「俺に飯食わせてんのに、他の男のこと考えて作ったなんて話、失礼だと思いませんか」 何イライラしてんだ、俺。 わかってたはずだ。 この人の頭の中にはイワオさんしかいないってことは。 課長は何も悪くないんだ。俺が勝手に喜んだだけなんだ。 でも、俺、ほんとに嬉しかったんだ……。 「ご、ごめっ、笹川君……、僕、ほんと……」 怯えたように途切れる声にふと我に返ると、東海林課長は瞳いっぱいに涙を浮かべていた。 ああ、また泣かせた……。 「ああ、くそっ。こっちこそ、つい、すんません……」 俺は深い溜息を吐きながら、頭を掻いた。 「い、いや、君が謝る必要はないよ。僕が無神経で……ぐすっ」 課長はお盆を脇に置いてエプロンの裾で目頭を拭う。俺は焦って課長の右腕を掴むと、俯けられた顔を覗き込んだ。 「俺も言い過ぎました。課長、もう泣かないでくださ……っ!」 その瞬間、心臓を鷲掴みにされたかのように声が詰まった。 課長の涙に濡れた長い睫毛と潤んだ黒い瞳が、ゾクっとするほど綺麗だったからだ。 課長の泣き顔なんてこれまで何度も見てきたはずだった。それなのに、こんなに綺麗だと思ったのは、色気を感じたのは、初めてだった。

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