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それに泣いているせいか薄く開いた口元から熱い吐息が漏れていて、その熱を無性に感じたくなる。俺は思わず、掴んでいた右手を自分のほうへと手繰り寄せていた。 「?」 驚いた課長が顔を上げると、俺は反射的に課長の唇に自分の顔を寄せていく。心臓が狂ったように騒ぎ立てていた。 だめだ、止まらない。 ……ああ、そうか! そうなのか。 俺はこの人のことが……、俺は東海林課長のことが……。 自分の気持ちに気づいた刹那だった。 床に置かれた課長のセカンドバッグから、メロウな着信音が部屋中に響き渡った。 「!」 課長の体がビクリと震え、俺も我に返ったように寄せていた顔を止めた。 「あ、ご、ごめん、笹川君!」 課長は俺の手を振り解くと、すぐさま立ち上がってセカンドバッグから黒いガラケーを取り出した。 「笹川君、僕、行かなくちゃ」 携帯の画面を見たあと、東海林課長は緊張した顔付きでそそくさとエプロンを脱ぎ始めた。 「な……! ちょ、待ってくださいっ」 課長を止めようと俺も立ち上がる。しかし課長は俺の方を見ようともせずに脱いだエプロンを丸めて床に置くと、バッグからスペアキーを取り出し、ちゃぶ台の上に置いた。 「これで閉めて帰ってくれればいいから、ゆっくり食べていってくれ。鍵は郵便受けの中に落として……」 「課長、待って!」 もう一度声をかける。だが課長は俺の声が聞こえていないかのように上の空で、返事もせずに背を向けて歩き出す。 「待てって言ってんだろっ!?」 俺はとうとう叫んで課長の上腕を後ろから掴んだ。苦い気持ちが胸いっぱいに広がっていく。 「また、イワオさんのとこっすか!」 東海林課長を叱りつけるように怒鳴った。課長の体が強張る。 「課長、いい加減気づいてくださいよ! あんたはあの人の恋人なんかじゃない! セフレ、いや、それ以下の存在っすよっ!」 「……っ」 俺の言葉に、背を向けたままの課長の肩が微かに震えた。 それを見て、俺は酷い言葉を吐いてしまったことに、ようやく気づいた。 「す、すんません、課長、でも……っ」 「笹川君、ありがとう」 東海林課長は背を向けたまま静かに言うと、俺の手からそっと離れる。 「それでも、僕は行きたいんだ」 「…………」 課長の熱を失った俺の手のひらは行く当てもなく、ただ虚しく空を握り締める。 「僕、どうしようもなくイワオさんが好きなんだ。イワオさんのことを想うだけで、泣けてくる」 哀しげな声で独りごとのように呟くと、俺を振り返ることもなく、東海林課長は部屋を出て行った。  

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