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*** 『ピンポーン』 来客を告げる間延びした呼び鈴が鳴る。昼も過ぎているのに俺はまだベッドの中にいた。 ねみぃ…。土曜に一体誰だ……。新聞の勧誘か? 寝ぼけた顔を撫でながら上半身だけをなんとか起こすと、いつの間に降り出したのか、雨の降る音が部屋の中を満たしていることに気づいた。 あー、洗濯しようと思ってたのに。 『ピンポーン』 「はいはーい」 無視しようとした矢先にもう一度呼び鈴が鳴り、俺はTシャツに短パンという格好であくびを噛み殺しつつ、腹を掻きながら玄関扉を開けた。 「はい、何すか? ……っ!」 開いた扉の先にいた人物に目を瞠った。 東海林課長だった。 「や、休みの日にすまない」 俺の顔を見上げながら思い詰めた表情でそう告げた東海林課長は、仕事をしてきたのかスーツ姿だった。課長は手に青色の傘を握り締めてはいたが、髪や肩が少し濡れていた。 俺の安アパートの二階の通路は簡素な屋根があるだけなので、課長の背後には雨に濡れる駐車場や路地が見える。 「どうしたんすか? こんなとこまで」 素っ気なく言うと、課長は狼狽えたように俺の顔から視線を逸らす。 「す、すまない。会社ではなかなか君を捕まえられなくて……。ぼ、僕、君にどうしても謝りたくて。その……、あ、住所は緊急連絡網を見て……」 「いいっすよ、そんなことは。で? 何を謝りに来たんすか」 「あの、えっと」 俺は口ごもる課長を見下ろした。開いた扉から雨の匂いが部屋の中へと運ばれてくる。夏も終わりに近づいて、久々に降った雨に課長は少し寒そうに肩を竦めているが、俺は中に入れとは言わない。入れたら何をしてしまうか自分がよくわかっている。 「あ、食器、洗っててくれてありがとう。それで、あの、よく考えたら僕が君を部屋に招いたのに、君を置いて出て行くなんて勝手なことをして……。本当にすまなかった……」 反省したように項垂れた課長に俺が言葉を繋ぐ。 「それで? それでもうイワオさんの言いなりになるのは止めるって言いにきてくれたんすか?」 俺の言葉に東海林課長は驚いた顔を上げた。 「なんだ、違うんすか」 呆れた声音でそう言って、俺は扉に手をかけた。 「じゃあ、俺、まだ眠いんで」 「ま、待ってくれ、笹川君!」 「何なんすか……」 扉を閉める手を止め、苛立たしげに課長の顔を見やった。 「すまない、君はただの部下なのに、その、僕のプライベートにまで色々と迷惑をかけて……」 瞬間、カッと頭に血が上った。

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