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「さ、笹川君……っ!」
動転した課長が身を捩り、腕から逃れようとする。だが俺はさらにギュッと力を込めた。抱き締めた課長の髪の毛から雨の滴が頬に伝った。心臓が痛いほどに鼓動を速めている。
「笹川君、は、離してくれ……」
「あんたは素直でいつも一生懸命で、頭もいいし、仕事だってできる。薬剤師ってだけで、頭の悪い俺からしたら雲の上の存在なんだぜ? もっと自信持てよ……」
俺は課長の耳元で溜息混じりに囁く。
「し、仕事じゃダメなんだ……」
すると、抵抗を諦めた課長が俺の腕の中から重々しい声音で話しだした。
「仕事は……、僕の代わりは幾らでもいる。でも、イ、イワオさんだけは違うんだ。初めて会った僕のこと、気持ち悪がらずに抱いてくれたんだ。僕の身体を見てイワオさんは勃つんだ。……そ、それがどんなに嬉しかったか、君にはわからないだろう」
課長の声は涙で震えていた。
「言っときますが、イワオさんは他の男でも勃ちますよ」
俺は小さく息を吐くと課長の手を掴んで、自分の股間にあてがった。
「でも俺は、課長でしか、勃たない」
俺の反応を感じ取った課長の手のひらがビクリと逃げ出そうとするのを無理やり押さえ込んだ。
「俺だって男を好きになったのなんか初めてで、ものすごく戸惑ってんだよ! でも俺の身体はこんな風にあんたに反応するし、あんたの笑った顔も泣いた顔も全部が愛しいんだよ……っ!」
東海林課長の身体を腕の中で感じながら、胸の奥を掻きむしられるような苦しい想いをすべて告げてしまう。
「うっ……ぐすっ……」
けれど課長はそれからはもう何も答えず、ただ嗚咽を込み上げさせるばかりだった。課長の涙は止まる所を知らず、雫は俺の肩にまで伝ってくる。俺はどうすることもできずに小刻みに震える肩を撫で続けることしかできなかった。
「すんません、俺、課長を困らせて……。また泣かせて……」
諦めた息を吐きながら腕を緩めると、課長はすぐさま俺から逃げるように身を翻した。そしてそのまま通路を走り去って行く。
またイワオさんの所へ行くのか……。
「くそっ!」
東海林課長がアパートの外階段を駆け下りていく音を聞きながら、俺は大声で悪態を吐いた。
アパートの扉の前に課長の傘と雨の音と俺だけが、取り残されていた。
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