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*** 品質管理課出勤の最終日。 俺は早めに仕事を終わらせ、定時を迎えようとしていた。この一週間、東海林課長との関わり合いはなかった。事務的に仕事をこなし、俺からはもちろん、向こうからも一切接触はない。 今日の定時過ぎ、あと五分ほどで俺の辞令が発表されるはずだ。 俺は自分の机を片付け始めた。しかしたった二ヶ月だったので私物も少なく、それもすぐに終えてしまった。 他の課員はまだ忙しなく検査を続けている。 その時、定時を告げるチャイムが鳴り響いた。 もうここへ来ることはない。そう考えると清々しささえ感じ、白衣を脱ぎ捨て、帰り支度を始める。 「笹川君、今、大丈夫か?」 そんな俺の肩を叩いたのは東海林課長だった。 「え、はい……」 一瞬驚いたが、強張った面持ちの課長に促され、廊下に出た。そして、誰もいない喫煙室に入る。 何の用かは皆目見当もつかない。 胸に感じる僅かな痛みを、「どうせこの人と会うのも今日までだ」という投げやりな感情で無理やり掻き消す。 「何ですか?」 カウンターに寄りかかりながら煙草を咥え、課長から視線を逸らしたままライターで火を点けた。俺が最初の紫煙を吐き出すと、東海林課長は思い切ったように顔を上げ、固く結んでいた唇を解いた。 「……昨日の昼、僕、イワオさんに呼び出されたんだが、行かなかった」 「え?」 咥えていた煙草を思わず落としそうになりながら、俺は驚いた声を出した。 「課長、今、なんて……」 「笹川君。君に、伝えたかった。僕、イワオさんの元へは行かなかったんだ」 課長がもう一度、同じ意味の言葉を繰り返した。 心臓がトクンと大きく一鳴りする。 俺の顔をじっと見つめる課長の瞳は、決意と躊躇とそして大きな不安とが入り混じった複雑な色をしていた。しかし心内で何かと必死に闘っている様が見てとれる。 「課長、それって……」 俺がやっと言葉を紡いだ時だった。 廊下の先から舞浜さんがこちらに向かって走ってやって来るのが見えた。そしてそのままの勢いで喫煙室の扉を開くと、肩で息をしながら引き攣った顔で俺たちを見た。 「じ、辞令が出ています!」

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