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タクシーを使って本社に辿りつき、切羽詰まった顔をした俺が部長室の扉を勢いよく開くと、中には郷渡部長と中原がいた。
「部長!」
俺はすぐさま書斎机の部長の元へと駆け寄る。
「どうしたんだね、そんなに慌てて」
「部長、報告書を訂正させてください!」
「どうしたんだ、笹川? 報告期限は今日の定時までだったろ? というか、おまえはもう一週間前に提出したって聞いてるぞ? だから迅速に今日の辞令が出せたんだろうが」
中原が呆れた眼差しで俺の顔を見やる。
「すみません! 部長、お願いします! 勝手なお願いだとはわかってます! でもどうしても東海林課長の報告書を訂正させてください!」
俺は土下座せんばかりに頭を下げた。
「君ねぇ、もう報告書はもらったし、期限も過ぎた。それに何より辞令はすでに出されたんだよ」
部長は煩わしいといった表情で俺を一瞥し、払うように手を振る。
「そこを何とかお願いします! 彼は不適格なんかじゃありません! 今度のプロジェクトで立派に結果を出せる人物です!」
「おいおい、君。それじゃこの前の報告と真逆じゃないか。君の報告では勤務時間中に仕事を抜け出し、職務怠慢も甚だしい。自己管理もできず、感情の起伏が激しく、上長としての資質も疑わしいと……」
「わかってます! だから、訂正させてください! そして東海林課長の解雇を解いてくださいっ!」
俺は腰を折ったまま叫んで懇願する。
「笹川、おまえなぁ。だからあれほど調査対象に肩入れするなって言っただろ? 辞令が出て罪悪感に苛まれてるのか? だったらそれはお門違いってもんだ。おまえが気にすることじゃないぞ?」
いや、違う……、違うんだ!
俺は報告書に私情を挟んだ。イワオさんへの嫉妬心を仕事に持ちこんで、課長を見ているのが辛いからって査定を早々に切り上げたんだ。
『……男を好きになるなんて、有り得ないだろ』
東海林課長を好きだという自分の気持ちにさえ嘘を吐いて!
だから俺は気づかなかった。気づけなかったんだ!
『僕、イワオさんの元へは行かなかったんだ』
課長は変わろうとしていたのに、見ようともしなかった。俺がちゃんと見ていれば、その変化に気づけたのに!
社会人として、特命係として、不適格なのは俺のほうだ!
「違うんです、本当に東海林課長は……」
「もういいよ」
突然、その場を制する静かな声がして俺は驚いて後ろを振り返る。
扉を開いて中に入って来たのは、東海林課長だった。
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