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「ううっ、さぶっ」
外回りから戻った俺は、ガタガタと震えながら僅かに雪の降り込まない軒下で箱から取り出した煙草を咥えた。
「くそっ、何で営業車は禁煙なんだよ……」
本社から遠く離れたこの街は、春も近づいているというのにまだ雪が降る。
俺が営業員としてこの地に飛ばされ、半年近くが経過していた。初めて経験する営業という仕事と、これまでとは比べ物にならない冬の寒さに四苦八苦しながら毎日を過ごしている。
俺はスーツの上に着込んだコートの前を合わせ、背を丸めながら煙草に火を点けた。小さな営業所には喫煙室などなく、煙草を吸うには雪の降る日でもこうして外に出るしかない。
「それにしてもよく降るなあ」
呟きながら、灰色の空から音もなく降り続ける白い雪を忌々しげに見上げた。
そういえば、中原は南国の離島の営業所に飛ばされたんだったな。俺も南国がよかったな……。
中原は人事の仕事から外されることにかなり憤慨していた。だが、俺にはあの特命係の仕事よりも、今の営業の方が向いていると思う。
出世の道も外れたが、これでよかったんだ。
――もう、誰かを裏切るようなまねはたくさんだ。
俺は煙草を口から離し、煙なのか自分の白い息なのかわからないものを吐き出す。まだ五時前だというのに、白く染め抜かれた目の前の駐車場にも、家並みにも、遠くの山々にも、すでに濃い影が迫っている。
しかし、俺たちはこうして左遷されたが、いいニュースもあった。
前人事部長である郷渡の横暴な人事は無効となり、東海林課長をはじめ、特命係の調査で解雇された社員が三愛製薬に復帰したとのことだった。しかも東海林課長はあの全社を挙げたプロジェクトのリーダーに抜擢されたそうだ。
俺は課長の顔を思い浮かべながら煙草を吸い続ける。
課長とは俺がマンションを訪れた夜から会っていない。
俺たちの立場は逆転し、左遷を命じられた俺と各所に引っ張りだこの課長とは、会話を交える機会もないまま、この地に飛ばされた。
あれから課長はどんな日々を過ごしているんだろう。
まだイワオさんに振り回されているんだろうか。また泣いてやしないだろうか。
でももう俺があの涙を拭ってやることはできないんだ。
課長は俺を必要とはしていないし、それに、こんなにも遠く離れてしまった。
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