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風呂から上がって居間の扉を開けると、先に上がっていた東海林課長が俺のシングルベッドの上に正座していた。
「か、課長、どうしたんすか? そんな改まって……。寒くはないっすか?向こうとはだいぶ違うでしょ?」
俺はエアコンのリモコンを操作して設定温度を上げる。
この街で借りている俺のアパートは風呂とトイレは別だが、部屋は一室だけ。和室の居間にはベッドを置いていて、その反対の壁際にテレビ、中央に小さなテーブルがあるだけだ。
「い、いや、大丈夫だ」
俯き加減でそう返事をした課長は持参してきたのか青色のチェック柄のパジャマを着込んでいた。膝の上では拳が固く握り締められている。
あれから俺たちは外で飯を食ったあと、ここに帰ってきた。新幹線で帰るにはもう遅いし、どこか空いているホテルを探すつもりだという課長に、うちに泊まればいいと言ったんだが……。
何、緊張してんだ……?
リモコンをテーブルに置き、課長の傍に立つと、ビクリとその肩が震える。
「ん? 課長、俺は下で寝ますから、ベッド使ってくださいね」
言いながら使っていない布団を出そうと押入れに向かう。しかしスウェットの裾をつっと引っ張られる感覚がし、振り返った。
「?」
すると東海林課長が俯いたまま、手を伸ばして俺の裾を握っていた。
「どうしたんすか? 課長」
「さ、笹川君……」
震えた声で俺の名を呼んだ課長の耳は真っ赤に染まっている。そして思い切ったように顔を上げた。
「べ、別々に寝るなんて、だめだ……」
その瞳の奥には何か決意のようなものが垣間見えた。
「笹川君、ぼ、僕を、君のものに、して、……欲しい」
「……っ」
課長のたどたどしい願いに、一瞬息が詰まる。
「東海林課長……」
俺は裾を握り続けている課長の手を取り、ベッドに乗り上げた。課長の隣に胡坐をかいて座ると、その身体が一段と強張った気がした。
……俺は、課長のことを大切にしようと考えていた。
だけど。
ペットボトルを捨てた。
携帯を折った。
そして、俺に抱かれることが、課長にとってイワオさんとの真の決別を果たすための、乗り越えるべき最後の壁なのかもしれない……。
俺は課長の頬に手を伸ばし、下唇を噛み締めた顔を上げさせた。
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