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番外編:春(課長視点)

桜も散り、薫風の吹く爽やかな日々が続いています。      * 「笹川君、ビール飲むかい?」 僕は風呂から上がると居間の扉を開け、ちゃぶ台の傍に座ってテレビを見ている笹川君に声をかけた。しかし笹川君はテレビ番組に夢中のようで、僕のかけた声に気づかない。 「笹川く……」 もう一度声をかけようとして、思わず口を噤んだ。 笹川君の視線の先では、今人気のアイドルグループの若い女の子たちが元気に歌い、踊っていたからだ。 ……そうだ、笹川君は元々、女性が好きな人だった……。 僕は手にビール缶を持ったまま、居間の入り口に立ち尽くした。 笹川君は、七歳も年上の男の僕と付き合っている。 しかも現在は仕事の忙しさもあり、遠く離れたお互いの住む街を月に一度ほどしか行き来できていない。今週末は、疲れているだろうに笹川君が新幹線に乗ってはるばる僕の部屋を訪れてくれていた。 こんな面倒な関係、笹川君には何のメリットもない……。 僕の胸はチクチクと痛みだした。缶を持つ指先から力が抜けそうになる。 笹川君はどんな人とでも気さくに打ち解け、親切で、細かい気配りができる人だ。それは丁寧な仕事ぶりからも感じられていた。 それに背が高く、清潔感のある短髪に精悍な顔立ちをしている。前に製造部の女性たちが楽しげに笹川君の噂話をしているのを耳にしたことがある。 ……もしかしたら、僕は、笹川君の男性としての可能性を奪っているのかもしれない……。 「……っ」 そう考えると、テレビ画面の中の細くて柔らかそうな女の子たちがふいに滲んで見えた。 「課長、そんなとこに突っ立って、何してるん……」 笹川君が言いながら振り返るのと、僕の瞳から涙が溢れるのが同時だった。 「か、課長!?」 「あ……っ」 慌てて頬の涙を手の甲で拭う。 「どうしたんすか!? 何かあったんすか!? どこか痛いんすか!?」 笹川君は即座に立ち上がると、僕の顔を覗き込んできて続けざまに問う。 「い、いや、なんでも、ないんだ」 震える声でなんとか返事をした。 「なんでもないことないでしょ? どうして泣いてるんすか……」 笹川君は僕を座布団に座るよう促し、自身も胡坐をかいて向かいに座る。そして慰めるように手のひらを頬に添えてくれた。 「……っ」 僕の大好きな笹川君の大きな手のひらだった。

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