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夏
毎日蝉の大合唱が続く暑い日が続いています。
*
久しぶりに長い時間眠った僕は目元を擦りながら、寝室から居間へと通じる扉を開いた。強い日差しがカーテンから透けているのを目にして、今日も暑くなりそうだなと内心で呟く。
キッチンに行って冷蔵庫の中を覗いた。けれど連日の残業続きで買い物はできておらず、空に近い状態だった。辛うじて切らしていなかった大好きな牛乳をコップに注いで居間に戻ってくると、ちゃぶ台の傍に座る。
今日から四日間、お盆休みだ。
「ふぅ」
空になったコップを台の上に置くと、正座した膝がしらに視線を落として溜息を吐いた。
四日も、何をして過ごそう……。
笹川君は昨夜こちらに帰ってきて、一緒に晩ご飯を食べた。しかし、今朝早くから法事があるとのことで、その足でここから電車で一時間ほどの実家へと帰省していった。休暇中は甥っ子さんを預かったり、久々に学生時代の友人に会ったりと色々と忙しいそうだ。
「休みをひとりで過ごすのは、いつものことじゃないか……」
自分に言い聞かせるように声に出して呟く。
暇を持て余す休日、僕はいつも会社で仕事をしていた。だけどこのお盆期間中は社屋の外壁工事をやるとかで、立ち入り禁止になっている。
それに今までだって、イワ……っ、ダ、ダメだ!
あの人の名前は心の中でも呼ばないと決めていたんだ!
僕はその名を追い出すようにぶんぶんと頭を横に振った。
あ、あの名前を呼んではいけないあの人だって、長期休暇中に僕に連絡をくれることは一切なかった。
もちろん、日頃できない大掃除や買い物をしたり、溜まっている専門誌や論文を読んだりと、やらなくてはいけないことはたくさんある。けれど、何もやる気が起きない。
「とりあえず、着替えて掃除でもしよう……」
溜息混じりに独りごちると、僕は顔を洗って、パジャマから青いシャツとチノパンに着替えた。
『優さんは実家には帰省しないんすか?』
窓を開けて夏の日差しに煌めく公園の木々を見下ろしていると、昨晩の笹川君の純粋な問いが蘇ってきた。僕はその問いに、曖昧にしか答えることができなかった。
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