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夏3
「……っ」
勝手に零れ出した涙を腕でごしごしと拭うと、僕はバスルームの掃除に取り掛かるべく、居間を出た。
『ピンポン』
突然、来客を告げるチャイムが鳴らされる。
「は、はいっ」
僕はもう一度目元を拭うと、慌てて玄関の扉を開けた。
「優さん、ただいま!」
そこに立っていたのは満面の笑みを湛えた笹川君だった。
「お、おかえりって、え、ど、どうして!? まだ昼過ぎなのに、実家に帰ったはずじゃ……」
思いもよらない笹川君の登場に、僕はしどろもどろになりながらも中へと招き入れる。
「はい、ちゃんと帰って法事にも参列してきましたよ? 短い時間だったけど友達にも会ってきましたし。あ、これお土産です」
大きな紙袋を手渡される。
「あ、ありがとう。でも……、あ、甥っ子さんは?」
「ああ、元気は二番目の姉が見てくれることになりました。恋人と過ごしたいから預かれないって、きちんと伝えたんです。そうしたら協力してくれるって言ってくれて。俺、家族にも言いたいことはちゃんと言おうって決めたんですよ」
スーツケースを抱えた笹川君が言いながら居間に入ってくる。
「それと、もうひとつ、決めたことがあるんです」
荷物を床に下ろした笹川君は改まって僕の顔を見つめた。
「これから、長い休暇は優さんと過ごそうって」
「……っ」
その言葉に、僕の胸は突如、痛いくらいにキュッと詰まった。
「ど、どうして……、そんな、こと……」
「俺がただそうしたいからですよ。あ、もしかして優さん、嫌ですか?」
笹川君が急に不安げな顔つきになって僕の顔を覗き込んできた。
――笹川君は僕の気持ちをいつでも、何よりも、心配してくれる。きっと帰省先でも僕のことを思い出してくれたんだ……。
それなのに、僕に負担をかけまいと何気ないことのように話す笹川君の優しさに、胸がいっぱいになる。
「ううん、僕、すごく……、すごく、嬉しいよ」
込み上げてきそうになる涙を必死に堪えて微笑む。それでも少しだけ視界がぼやけてしまう。
「よかった……。実は今度の正月は帰省しないって、家族にはもう、伝えてきたんすよ」
そう言って、笹川君は照れくさそうに笑った。
「お正月……?」
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