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夏4
その言葉を聞くと、これまで過ごしてきた年末年始の情景が僕の脳裏を過った。
色とりどりの電飾。
高揚感溢れる音楽。
楽しげな街の喧騒。
しかしそれらは、部屋でひとりきりで過ごす僕の耳元では、こう囁くんだ。
――おまえは、ひとりだ。
――ずっとずっと、ひとりだ、と。
僕はいつも、哀しみと孤独に心を浸して、ひとりきりで年を越してきた……。
「……もしかして、年を越す瞬間も、君と過ごせるのか……?」
笹川君は僕の頬を軽く撫でると、「そんなの当たり前っすよ」と穏やかに笑った。
「あ、優さん、掃除してたんすか? 俺も手伝います」
僕のエプロンをなぜか嬉しそうに眺めている笹川君に向かって、僕はある決意とともにつっと顔を上げる。
「……いや、笹川君、僕、スーパーに買い物に行きたい」
「へ? 晩飯の買い物っすか?」
「それもあるけど、黒豆を買いたいんだ」
「黒豆……?」
眉根を寄せた笹川君が不思議そうに僕の言葉を繰り返した。
「うん、お正月と言えばおせちだろ? でも黒豆を煮るのはかなり難しいらしいんだ。綺麗な色がでなかったり、皮がしわしわになったり、固くなってしまったり……」
「ちょ、え? 正月の黒豆!? いやいや、優さん、正月はまだ四ヶ月以上も先の話っすよ?」
困惑した表情の笹川君に、僕は誇らしげに答えた。
「だって、笹川君と過ごす初めてのお正月は、美味しいおせちで迎えたいじゃないか! だから今から練習するんだよ!」
僕はエプロンを脱ぐと、早速出かけようと居間の扉に手を掛けた。だけど突然手首を掴まれ、笹川君の腕の中に引き込まれる。
「ど、どうしたんだい、笹川君?」
「黒豆、買いに行きましょう。……でも、しばらく、こうしてていいっすか?」
背中側からギュッと抱き締められ、耳元で切ない声音で囁かれる。
戸惑いながらもコクリと頷くと、笹川君はさらに力を籠めた。
「俺も正月が楽しみっす。これから、いっぱいいっぱい、一緒に過ごしましょう」
「笹川君……」
そうか……、そうなんだね。
笹川君の腕の中が、僕がずっと探していた暖かな光だったんだ。
僕はもう、君という光の中にいたんだね。
僕は腕を伸ばして肩に置かれた笹川君の頭を撫でた。
「……ありがとう」
笹川君と過ごすお正月が、今から待ち遠しくて待ち遠しくて、堪らないよ。
***夏 終わり
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