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冬2
***
事の始まりは、きっと先月の異動のせいなのだと、僕は振り返る。
僕がリーダーを務めた全社を挙げたプロジェクトは、やっとすべての残務整理を終え、チームは解散となった。僕は西日本営業部全域の工場の権限を委ねられた統括部長となり、これまで勤務していた本社から拠点を松岡工場に移した。
現場に直接タッチするわけではないので、どこに拠点を置いてもいいのだが、僕はあえて松岡工場を選んだ。
もちろん、舞浜さんたち品質管理課の面々や製造部長などがいてくれるので心強いという理由もあるが、僕が松岡工場を選んだのは何と言っても、笹川君と出会った場所だからだ。
だけど、それがいけなかったらしい……。
*
「え、マジで、優さん!? 本物?」
笹川君は動揺しながらも、扉の内側へと僕を入れてくれる。
「仕事終わって、そのまま新幹線に乗ったんだ。明日は土曜だし……」
眉根を寄せ、不安に満ちた眼差しで笹川君の顔を見上げる。
「だめ、だったか……?」
「何言ってるんすか! 嬉しいに決まってるじゃないすか!」
驚いていた笹川君の顔が一気に綻んで、伸ばされた腕にギュッと抱き締められる。
「よかった……」
僕は笹川君の腕の中で安堵の息を吐くと、全身から緊張が解けていくのを感じた。
「さ、早く上がってください。まだ寒いですからね」
笹川君は腕を緩めると、僕の手からビジネスバッグを受け取り、居間へ向かって歩き始める。
「だって、先週俺がそっち行ったばかりだったから、びっくりしたんすよ。それにしても、こんなサプライズがあるなら遠距離も悪くないっすね。あ、俺、優さんに伝えたいことがあって、今日電話しようと思ってたんすよ、だから……」
「え、遠距離が悪くないなんて、言うなよっ!」
僕は思わず笹川君の背中に向かって叫んでいた。喉の奥が痛くなり涙が込み上げてくる。
「どうしたんすか、優さん……? どうして、泣くんすか……」
笹川君が困惑した表情で慌てて振り返った。僕は笹川君を見据えたまま、靴も脱がず、玄関の土間に立ち尽くした。
「ぼ、僕、会社辞めるっ!」
「うええええぇ!!」
笹川君の素っ頓狂な声が辺りに響いた。
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