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冬3
***
久しぶりに戻った松岡工場は、勝手がわかっている分、仕事もはかどった。
顔なじみのみんなも、僕を温かく迎えてくれた。
だけど……。
笹川君が使っていた机を見るたび、禁煙室の前を通るたび、トイレに行くたび、どうしても笹川君の姿を思い浮かべてしまう。
あの頃は毎日会えたんだよな……。
今は遠く離れた場所にいる笹川君のことを想うと、胸の奥が痛いくらいに締め付けられた。
「長……、部長、……東海林部長?」
「は、はいっ」
我に返って慌てて返事をする。僕のデスクの前に立った舞浜さんが訝しげにこちらを見下ろしていた。
「ここ、この報告書の数字、間違えてますよ? 引用した論文が違ってるんですよ」
「あ、すまない! すぐに訂正しておくよ」
「……東海林部長、大丈夫ですか?」
心配そうな眼差しになった舞浜さんが僕の顔を覗き込んでくる。
「最近、ぼんやりしていることが多いみたいですけど。また体調が悪いんじゃないですか?」
「い、いや、大丈夫です。訂正したら、この報告書は僕が本社に提出しておくから」
「だったら、いいんですけど……」
お願いしますね、と言いつつも納得し切れないといった表情のまま、舞浜さんは僕の部屋を出て行った。
「はああ」
ひとりになると頭を抱えて、深い溜息を吐いた。
僕が仕事でミスするなんて……、しかも部下に要らぬ心配までかけて……。
でもそういえば、この部屋に来た笹川君とも、よく話をしたな……。
「……っ、ダメだ、ダメだ!」
頭を振って、喉元に込み上げてきた苦い塊を呑み込もうとする。が、ダメだった。
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