3 / 9

第3話

「…は?」 奴の突拍子のないお願い事に思わず声が出た。 他人が薬飲んでいるのを見て欲しいだなんて、何なんだコイツ。 「詳しいことは後、話すからさ」 両手を合わせて話だけでも聞いて欲しい、と言われ僕は混乱する。 何の薬か分かって言ってるのか? (ただ)の変態なのか? 取り敢えずこの場を何とかしたくて、講座後に話を聞くことにした。 今思えば、ここで断っていたら運命は変わっていた筈だ。 其れが吉なのか凶なのかは、未だに解らない。 講座が終わり、皆が教室から移動する。 丁度昼ご飯の時間だ。 僕はなるべく早く人が多くないところに行きたくて、奴と一緒に構内の人気のないベンチに座る。 「で、何で薬が欲しいの」 単刀直入に僕が聞くと、奴は突然笑う。 「ホントに人間嫌いなんだな、柏木くん」 名前をまた呼ばれた。 そもそも何で、僕の名前を知っている。 「まあそんなに睨むなよ。…アンタが精神病棟に入院してたって、あちこちで噂になってるよ」 ああ此れだからヒトは面倒くさい。 僕の問題なのに、何でこんなにグイグイ噂を立てるんだろうか。 「俺はコーイチだ。宜しくな」 コーイチは手を伸ばし握手してこようとしたが、握手する義理などない。 知らん振りして、鞄の中から薬の入った タッパーを取り出した。 「こんだけあるけど。頭痛薬でも欲しいの?」 コーイチは伸ばした手を僕の方からタッパーの方へ向けて、中から赤のフィルムを迷いもなく取りだす。 その薬は効き目は良いが依存性が高すぎて中々処方されない「レアな」向精神薬だ。 知ってか、知らずなのか一発で其れを取り出したので僕は驚いて思わずコーイチを見る。 ニヤニヤ嫌な笑顔を見せて、コーイチはその薬の名前を告げた。 「俺は別の角度からクスリに詳しいの。なあ、これ頂戴。中々手にはいらねぇんだよな」 「…其れは駄目だ。僕にとっても宝物だし」 「宝物、ねえ。じゃこっち」 今度は銀色のフィルム。 こちらも依存性が高い。 だけど赤の方に比べると手に入りやすい。 「こっちなら…」 小さく呟いた僕の言葉にコーイチは すぐ反応する。 「やった。悪りぃな」 コーイチは其の後もタッパーを見ていたが、際限無く取っていきそうなので慌てて鞄の中に納めた。 「何だよ、ケチな奴だな」 「初対面の奴に言われたくないね」 用事も済んだ事だし、とベンチから立ち上がるとコーイチは僕の手を掴む。 ねっとりとした他人の手の感触に肌が粟立つ。 「な、何だよッ!薬やったろ」 「これ何に使うか、試したくない?」 ヒラヒラと銀色のフィルムを振ってコーイチは僕にそう言った。 「何って飲むんだろ?」 「…勿体ねーよ。他の使い方教えてやっから」 僕の手を掴んだまま、コーイチは立ち上がって歩き始める。 「お、オイ!どこ行くんだよ!次のコマはあっちの教室…」 「休んじまえよ。今更休んでもかわんねぇだろ」 細身の身体なのに、何処にそんな力があるのか僕を引っ張りながら早歩きで大学を後にした。

ともだちにシェアしよう!