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違う朝
朝。
目覚めが悪く起こされないとよく遅刻をしてしまう悠衣は、久しぶりに柊の声で目を覚ました。
けれどそれは声と、それから肩を揺するくらいで、あの頃のようにキスはしてくれなかった。
「悠衣、起きてください。悠衣」
「……う、ん」
悠衣が目を開けるとすぐに柊は離れて、「下、行ってますね」と部屋を出て行こうとする。
「待って」
それを直前で引き止めた悠衣は、上半身を起こした。
未だ頭が働いていないながらも懸命に考え、柊と二人きりというこの機会を逃すものかと考えた質問を口にする。
「柊兄は恋人さんの事、愛してる?」
悠衣に背中を向けていた柊がゆっくりと振り返り、そして崩れぬ笑顔で「愛していますよ」と言ったのを聞いて、「そっか」と言うと柊は今度こそ部屋を出て行った。
「僕は……泣かない」
目尻から溢れ出そうになった涙を、そう口に出すことで留めさせる。
そして身支度を整えた悠衣は、唇を噛みしめながら階下に降りていった。
「どう? お口に合うかしら」
未だ戸惑いながらも、母が柊の恋人・実川 楽 に聞くと彼は「はい。おいしいです」と控えめに答えた。
彼は口数が少ない性格なのか、それともただ単に緊張しているのか、聞かれた事しか話さなかった。
昨日はすぐに飛び出してしまったし、帰ったらこの恋人も部屋に案内された後で引っ込んでいたし。
だからまともに会うのは、これが初めてということになる。
「あ、あの……僕は篠宮悠衣で、柊兄の弟です。よろしくお願いします」
いくら柊兄の恋人で目にするたびに苦しい思いになると言っても、それはこの人にとっては良い迷惑なだけだ。
柊兄の弟は不愛想などと思われたくない、柊兄の迷惑にはなりたくない、その一心で悠衣は礼儀正しく挨拶をする。
すると楽も見た目とは違い礼儀正しく、悠衣に返した。
「実川楽です。オレは、えっと、柊さんの恋人……です……」
歯切れ悪く俯いて楽は言い、それから柊の裾を掴んだ。
柊は楽の頭を撫でると悠衣を見て、「遅刻してしまいますよ?」と席へと座る事を促す。
楽の向かいに座った悠衣は、母に運ばれてきたトーストにジャムを付けて、楽の様子を伺っていた。
綺麗に染められた金色の髪に吊り上がった瞳、一見してヤンキーにも見えるが、性格は大人しめで、柊の後ろにすぐに隠れたがる。
男にしては低めの身長に、丸くて童顔の顔、そして時々柊を見つめては頬を染め、それを気づかれて頭を撫でられる。
そうすると彼の後ろに尻尾が見えるのではないかと思う程彼は分かりやすく赤をもっと深め、柊は笑顔を作り出す。
まるで恋人、いや……彼らは恋人だったと、また悠衣の心臓はギュッと苦しくなった。
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