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「母さん。父さんは、いつ来れそうですか?」 「父さん? 今週末には、一旦帰ってくる予定だったけれど」 「それはちょうど良かったです。早く、楽の事を紹介したいので」  楽の隣に座った柊、いつもならばこういう時自分の隣に来てくれるのにと落ち込みかけたが、恋人の隣に行くのは当然だろうと思いなおし、悠衣はパンに口を付けた。 「柊、貴方……紹介って、結婚を考えてる、とかじゃ……ないわよね?」 「考えてますよ? そのために、楽を連れてきたのですから」  悠衣の手から、パンが滑り落ちた。  結婚……その単語が中々理解できなくて、頭の中を繰り返し流れ続ける。 「結婚って……何?」  だが理解するよりも先に、口が動いていた。 「それは……」  その答えが柊の口から出る前に、悠衣は立ち上がる。 「僕、そろそろ学校行くね。ごめんこれ、もういいから」  食べかけのパンを押し付けるように母に渡した悠衣は、制止の声も聞かずに早歩きでリビングを出た。  部屋に戻るとドアを背中に雪崩れ込み、膝を抱えて上を見る。  泣いてなるものかと、目尻に浮かんだものが零れ落ちぬように必死にこらえた。  泣いたら一気に、崩れる気がした。  挑む元気も勇気もなくなって、ただ現状を受け入れる事しかできなくなる。  まだ大丈夫だと、柊にぶつかる気力はあると、空になりかけているものをかき集める。  けれど柊と楽の様子がさっきからずっと、ちらついていて。 (僕は、あの二人の関係を壊すことしかできない……引き裂くことを、考えている。もしかしたら今の方が、柊兄は幸せかもしれないのに)  柊にとっての幸せとは何か。  少なくとも悠衣と結ばれる事、つまりは兄弟で結ばれることなど、柊にとって幸せであるはずがない。  互いに不幸を呼んでしまう関係、だから柊は離れた。  けれどそんなことまで考えていたらますます、動けなくなってしまいそうで。 「蔦、みたいだ」  後ろから伸びる見えない蔦は、柊と悠衣の間を阻むもの。  兄弟である事、柊に結婚を控えた恋人がいる事、それから柊がもう、悠衣を好きではない事。  それらが蔦となって、悠衣に行動する気力を奪おうとする。  悠衣を突き動かすものはただ一つ、確信している柊が自身の『運命』であるという事柄のみ。  けれど運命だからと言って、必ずしも結ばれる、結ばれなくてはいけないという決まりもなくて。  五年をかけて伸びた蔦が、悠衣に一気に襲い掛かる。  それに絡まって暫く、悠衣は動けそうになかった。

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