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通話

「なら、早く食え」 「……うん」  悠衣の目の前には、全然進んでいないカレーライスが置かれていた。  対して緋佐の前には、完食間際のうどんが。  けれどあまり食欲もない悠衣は、それを半分ほど食べた所でスプーンを置いた。  それを咎める事もなく、逆に『頑張ったな』というように悠衣の頭を軽く叩いた緋佐と共に、トレイを持って立ち上がる。 「ほら」 「うん……ごめん」  裏庭に着くと昼食時のこの時間、加えて普段から人通りも少ない場所のベンチに二人は並んで座り、緋佐は膝を叩いた。  頷いた悠衣も謝りその膝に自身の頭を預ける。 「授業前には、起こしてやるから」  それに首肯する前に、日ごろの疲れがたたり、悠衣は眠りに落ちた。  その上で触り心地の良い髪を撫でつけてから、緋佐は側に置かれた悠衣の鞄を探る。  目当てのものを見つけ、そろりと抜き出した緋佐は、指紋認証を悠衣がぐっすりと眠っている事を確認しながら指を押し付けクリアする。 『はい』  連絡先に登録されていた目当ての人を見つけた緋佐は、すぐにタップして耳に押し付けた。  ワンコールで取った相手は、冷静な様子で『どうしたのです?』と返す。 「俺は、悠衣の友達の名倉緋佐という者です。少し話したいんですけど、今時間ありますか?」 『はい、大丈夫です』  悠衣ではないことに驚いたのか柊は一瞬息を呑んだがそれも一瞬で、すぐに場所を移動しドアを閉める音がした。 「悠衣の事、好きですか?」  きっと、ベランダにでも出たのだろう。  スリッパを鳴らす音をさせる柊に、緋佐はいきなり本題を切り出す。 『もちろん、好きですよ』 「それは、兄弟として?」 『当たり前です』 「俺は悠衣の事、恋愛的な意味で好きです」  柊の足が止まった。  それが、携帯越しでも分かった。  そしてそのまま、緋佐は続ける。 「今、俺の膝で悠衣は寝ています。俺は悠衣の事が好きなので、このままキスをしてしまうかもしれません」 『……それが、何だと言うのです? 黙ってキスをすることはいけない事ですが、悠衣がそれを受け入れるのなら僕が言う事はありません。話はそれだけですか? それならもう、切らせて――』 「今からキス、しますね。それで今日は悠衣をそのまま俺の部屋に連れて帰ります。それを伝えたかっただけなので。それじゃあ」  そう言って柊の返事を待たずに、緋佐は通話を切った。  緊張の糸が切れたことからかため息が口から漏れ、話し声で悠衣が起きていないことを再度確認する。 「大丈夫そうだな」  そっと囁いた緋佐は、ぐっすりと眠る悠衣に安堵の息を漏らした。  そして柔らかなその髪を撫でつけながら、「俺は……」と呟く。 「俺は、お前が幸せになる所が見たいよ」  顔を歪ませながら言った言葉は、すぐに風に運ばれ消え失せる。  携帯を元の位置に戻した緋佐は、悠衣の寝顔を見守り続けた。  キスはもちろん、しない。  あんなのは口先だけの言葉だ。  柊を、叩きつけるための。 「上手く、いくと良いな」  本心から願う言葉を口にして、緋佐は穏やかに悠衣の髪を撫で続けた。

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