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好き
「あ……すみせん。見ないでください」
二人から見つめられ、柊は二人に背中を向けた。
キス、されるのだと思った。
電話口で言っていた『キス、しますね』という言葉が瞬間思い浮かんで、させてなるものかと咄嗟に悠衣の手を掴んでいた。
あの時はどうってことないというような態度を取っておきながら、いざそういう場面に遭遇すると止めようとする、何と自分の意思は弱いのだろう。
悠衣の答えを聞くまでは何も自分の意思は伝えないと決めていたのに、これでは『好き』だと言ったも同然である。
「もしかして……フェロモンに、やられちゃった?」
それをどう勘違いしたのか、心配そうに悠衣は尋ねてくる。
「そうだよね、僕のにもやられるくらいだもん。柊兄はオメガのフェロモンに、弱いんだよね」
「なっ……貴方は、特別に決まっているじゃないですか!」
「え?」
「はあ……もう、台無しです。大体、僕は街中で発情期を迎えてしまった人を家まで送ったことがあるくらいですよ? 強い方です、僕は」
「……でも、あの時、苦しそうだったから」
「好きな人のフェロモンに、惑わされない人がいますか」
鈍感な悠衣に呆れながらも、柊は振り返り言った。
けれどもまだ勘違いするのか、悠衣はことを零す。
「好き……あ、そっか。昔は、好きでいてくれたんだよね。大丈夫、勘違いしないよ」
にこやかに笑って言う悠衣に、柊はため息をつきたくなった。
これは、自分の行動の結果なのだろう。
溜まらず零してしまった『好き』という言葉を、過去のものと判断された。
近頃の『兄弟』として過ごしていた柊の、行動の結果。
「今はどうなんですか? やっぱり、兄弟として好きなんですか? こいつの事」
緋佐の発情期というものは、そこまで酷いものではないらしい。
立つのは辛いのかベッドに座ってはいるが、顔が上気しているだけで意思疎通もしっかりしている。
そんな彼から漏れた言葉に、「貴方はどうなんです?」と既に言動で示しているも同然の事を誤魔化した。
「もちろん好きですよ、友達として」
そんな柊にやけにあっさりと、緋佐は身を引いた。
「俺の演技、どうでしたか? かき乱せました?」
「……ええ、とても」
どうやら友達として、柊の本心を引き出すのが目的だったらしい。
緋佐のおかげで、どうしようもなく悠衣の事が好きなのだと、柊は再度自覚してしまった。
加えて帰らないとなると、悠衣の心は緋佐に行ってしまったと考えるのも当然だろう。
だがベータだと思っていた緋佐が、実はオメガだというのなら話は別だ。
オメガの発情期はオメガには効かない。
この家を見る限り彼一人のようだし、彼は悠衣に看病を頼みたかったのだろう。
それならば、『暫く帰らない』と書かれていた悠衣の言葉も腑に落ちるというものだ。
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