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明日の昼までにと言われたもののデータだけは取り終えた。まとめるのは明日の午前中にやって、でも明日は確か前に作ったものができてるって製造の人から連絡も来てて。 圧倒的に俺には時間が足りない。 午前様なんてよくあることで、もう慣れた。 だけど慣れたくない。 父さん、母さん、兄ちゃん、俺あと2年で多分居なくなる。何もしてないのに入社して2ヶ月で6キロ痩せたんだ。俺の体重的に、このままいけば2年もしないうちに俺は自然消滅するはずなんだ。もしかしたら過労死の方が先に来るかもしれないけど。その時はどうか戦って欲しい。息子は馬車馬よりひどい扱いを受けていたと存分に戦って欲しい。 6月に入ってすぐ、遅いけど新歓があった。 この時期になったのは、6月に新入社員の配属先が正式に決定するからだ。出来るだけ同じ部署の人と仲良くなるように、なんて心遣いだろう。そんな心遣いをしてくれるなら新歓なんてやめてくれ。この日のために技術部のメンバーはここ2、3日毎日毎日午前様だ。こんな18時過ぎに呑気に繁華街に向かう暇があるなら家に帰って寝かせてくれ。そんなことを思いながら店に着いて、歓迎会と言う名の飲み会が始まった。 「伊藤くんは技術部慣れた?」 「2ヶ月近くになるし慣れた」 「めっちゃ忙しいってほんと?」 「やばいくらい忙しい」 「そっかー。俺もそうなんのかなー」 「阿川くん配属どこだっけ?」 「製造。大型になった」 「たまにすごい残業があるくらいじゃないかな」 「なんで知ってんの?」 それは、のちに会社の偉いさんになる人が多いのにOJTが無かった理由でもある。配属してから全部署に行ってるから知っているだけだ。 必要に応じて俺自身が行かざるを得ないことが多い。 それこそ事務もすれば営業補助もして、製造だってせざるを得ない。出来ないことや分からないことはその都度その部署の人に頼み込んで教えてもらっている。 「伊藤くんは育てがいがありそうだな」 「どこの部署に行かせても何だかんだ必要なもの持って帰ってきますからね」 「野田さん!?俺にお使いさせてたんですか!?」 「技術部ってほんと何でも屋みたいなところあるからねえ。今はまだ補助で済むこともいずれは営業と並んでもらうことになるし、頑張って」 「そんなぁ」 持って帰ってくるのにすっごい苦労したものもあった。俺だって激務で時間が足りてないけど、そんなの誰だって一緒だ。そんな中どうしても何かをお願いしなきゃいけない時は、その人がする予定だったことで俺が出来ることを代わりにやっている。 時間の節約には全くならないし、俺の仕事とは直接関係ないことを覚えざるを得ないし、技術部は居るだけで年中OJTみたいなもんだ。 「へえ、色々回ってんだな」 「ちょうど来週は大型に用事があってよく行くと思うよ」 行きたくないけど。 製造工程の確認という名目だけど、これは俺に現場の知識をつけさせるためのことだということくらいは分かっていた。だからと言って俺の本来の仕事を全く減らしてくれないあたり野田さんは意地が悪い。 「そうだ、伊藤くんって彼女と別れたってマジ?」 「鈴木さん!言いふらさないでください!」 「なんで私!?間違ってないけど」 「ほらあ!」 「なら今度俺に付き合ってくんね?」 「合コン?」 と聞くとネットで知り合ってと返事が返ってくる。今時な手段だと思うけど、俺には触る暇はあまりない。 「阿川くんが付き添い連れて行くっておかしくない?」 「向こうが2人でくるっていうから。その子の連絡先いる?」 「なんか行くことなってるけどそんな暇ないって」 「後で連絡先送るから。来週土曜日空けといて」 勝手に決めるな。 また俺に午前様させる気か? 一体俺はどんだけサビ残地獄に陥ればいいんだ。これで初任給が4万なかった時の俺の衝撃わかる?2ヶ月目も手取りで18万ちょっと。少なすぎるけど、数年経てば同期をぐんと抜いて、世間の同い年の人も抜いた給料になることはほぼ確約されてるけど……。 「カホちゃんって言うらしいからよろしくな」 「俺、今彼女作ってる暇ないんだけど」 「まあいいじゃん。気が合えば友達って感じでさー」 気が合うとかじゃなくて絶対に連絡を返せないから無理だと言っても気にするなと言われ、俺のスマホに連絡先が一軒増えた。 カホちゃん。 その名前が俺の人生を大きく狂わせることになるなんて、この日の俺は当然知るはずもなかった。

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