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飲めや歌えやの新歓から1週間。 阿川くんのお陰で俺は毎日午前様だった。間違えた、阿川のせいで毎日午前様だった。 だけどひとつだけ感謝もしている。 それはカホちゃんを紹介してくれたこと。 最低限のやりとりはしないといけないと思って連絡を取ると、ちゃんと返事が来る。シリが答えてくれる機械的な言葉じゃなく、いつも違う返事が来る。そして仕事と全く関係がないから一瞬、仕事に追われる日々を忘れられる気がした。 別に付き合いたいとか思ったりしてないけど、お友達になれればいいなあなんて思うようにはなった。 土曜日、阿川くんと待ち合わせをしてからカホちゃんたちとの待ち合わせ場所に行く。 待ち合わせ場所に来た阿川くんは会社に来る時と違って当然オシャレをしている。阿川くんくんは体格ががっしりしていて、今時のオシャレな服とはあまり合わない感じだけど今時を追いかけず似合う服を選ぶらしい。 「………伊藤くん、それ私服?」 「うん」 「なんでそんなゆったりしてんの」 「入社して今で7キロ痩せた」 この1週間で1キロ減った。毎日毎日午前様なせいだ。 こうして痩せ続けるせいで、服はどんどんでかくなるわ、買いに行く暇はないわで前は普通にジャストサイズだったものをゆったり着るしかない。 「なんでそんなオシャレになるんだよ!」 「知らない。俺は痩せたくて痩せたんじゃない」 今日の俺は黒のスキニーにくすんだピンクのパーカー。インナーも黒だからパーカーを脱ぐ気は無いし、別にオシャレな格好というわけでもない。色合いはちょっと派手かもしんないけど。 「髪も伸ばしてんの?」 「切る暇がないだけ」 そうして話してるうちにカホちゃんたちとの待ち合わせ場所に着く。たくさんの人が待ち合わせをしていて、顔も知らない子を見つけられるのか不安だけど、まあいいか。 「伊藤くんがいて助かる」 「なんで?」 「ピンク着てる男も、くくれるほど髪が長いやつも少ない」 なるほど、俺の格好は珍しいわけか。 ピンクが好きっていうよりも、くすんだ色味が好きなだけだ。このピンクもグレーがかったピンクでどピンクって感じじゃないし、なんて言い訳を心でしてると、阿川くんの叫び声が聞こえる。 「は!?え!?だれ!?」 「ごめんね、俺がミホちゃん」 ………は?え? 一人称もそうだけど、見た目も男の子。 中性的に見えるけど、どう見ても男の子。男の子というには俺とそう変わらない年に見えるけど、まあ年齢よりも性別が問題か? 「予想よりタイプ。今回大当たりかも」 自分をミホちゃんという男の子が見た目に沿わないらしい力で阿川くんを引っ張っていく。何が起こってるのか全くわからない俺は呆然とその場に残された。阿川くんの助けを求める声が聞こえていたけど、意味のわからなさすぎることに体は動かなかった。 何が起こったんだろう。 まあ、阿川くんは自分でここに来たんだしどうやらあの男の子がミホちゃんらしいし、自業自得ってことで納得してもらおう。俺は何も悪くない。 「マコトくん?」 「はい?」 俺を呼ぶ声は女の子にしては低すぎて、男だと普通。まあつまりそういうことだ。 「カホちゃん?」 「ちげえよ。カホちゃんからの伝言。自分より細い人は無理、だってさ。それだけ、じゃあな」 「待って!待って!無理!お願い!待って!俺を捨てないで!」 「はあっ!?」 「やだやだやだやだ!もうどうでもいいから俺のこと捨てないで!男でも女でもネカマでもなんでもいいから捨てないで!」 「ちょ、お前黙れって」 「やだやだやだやだ!やだ!」 別にカホちゃんと親しくお付き合いしたかったわけじゃないけど、本当に、本当に嬉しかったんだ。 「お願い!俺にシリ以外の友達を頂戴!お願い!もうシリとしかお話しない毎日なんてやだやだやだやだ!」 背を向けたおにーさんの腰にしがみついて必死に訴える。今日は仕事を忘れられると思ってたのに。カホちゃんがどんな子だったとしても、普通に話をしたかったのに。 「俺だって痩せたくて痩せたんじゃないのにいぃ。働きだして忙しくて忙しくて気づいたらどんどん痩せてて自分でもキモいのに!」 「とにかく黙れ」 「毎日毎日仕事仕事仕事!おにーさん知ってる?シリってあんまり早口だと何言ってるかわかりませんって言うんだよ!?知ってる?おはようって言ったらおはようって言ってくれんの。でも知ってる?こっちから話しかけないと、起動しないとただのスマホなんだよ?俺の話し相手シリだけなの!」 「分かった!分かったから!分かったから黙れ!」

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