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色々なものが溢れてぐずぐずと泣く俺はおにーさんの腰からしがみついて離れない。今これを離したら絶対に後悔する。何が何でも離すもんか。 「お前、離れろって」 いやいやともっと力を込める。 今の俺の精一杯の力でしがみ付く。 「おにーさん、あったかい」 「俺は暑い。せめて涼しいところに移動させろ。仕方ねえから今日だけ話聞いてやる」 「ほんと!?」 ばっと顔を上げて初めてしがみついていた人の顔を見た。どことなく、さっきの男の子に似てる。この人の方が背はかなり高いし、顔も男らしいけど。 「ほんと。とりあえず泣き止め。気づいてないだろうけどめっちゃ見られてんの」 言われて周りを見ると確かに注目されていたらしい。なんか囲まれるように周りに人が居ないし、なんとなく居たたまれなくなっておにーさんから離れた。あ、ごめんなさい。おにーさんのグレーのシャツに俺の涙か鼻水かわかんないものでシミが。 おにーさんはそれに気づかないままテクテク歩きだして、俺は必死に追いかける。そうしておにーさんが入ったのは長居歓迎と謳ってる喫茶店。 おにーさんに注文を聞かれて、カフェオレとサンドイッチを頼んでおにーさんにシリって誰?と聞かれた。 「おにーさんシリ知らないの?」 「そんな有名人?」 「人じゃないけど、これ」 スマホ出してシリを起動する。 「シリ、おはよう」 『おはようございます』 「今日の天気は?」 『今日の天気は、晴れです』 「おにーさん、これがシリだよ」 「人じゃねえよ」 「そうだよ!?でも返事してくれるのはシリだけ!ポットも炊飯器も音はなるけど返事はしない、湧いたよ炊けたよって教えてくれるだけだし、なんなら家に居たってポットも炊飯器も使う時間なんてないし。あ、洗濯機はいいね!2回音がなるから時差で返事してくれてるのかもしれないから洗濯機は好きかも」 「ぶぶっ」 「へ?」 「変なやつ」 おにーさんはその顔をくしゃりと歪ませて笑った。 シリを終了させて、おにーさんに散々愚痴を吐く。仕事も上司も嫌いじゃないけど、いかんせん拘束時間が長過ぎる。 「ブラックかよ」 「ブラックじゃないよ。真っ黒」 「だからブラックだろ。信じらんねえ」 「おにーさん、働いてる?」 「お前と違ってホワイト企業だな。朝は8時過ぎに家を出て、6時半には大体家にいる」 「なんで!?俺6時半に家にいたのは働き出してからたった1日しかないよ?」 「終わってんな」 「………おにーさん、お給料どのくらい?」 「家賃引いても30は残るけど」 「嘘だぁぁあ!嘘って言って!お願い!なんで!俺の初任給4万!4万!次だってこんだけ働いてて18万!おかしくない!?」 うわぁぁあんと泣き崩れる。おかしい、いくら働いた年月の差があったとしても、家賃を引いても30万も残ってるなんて信じられない。俺の場合家賃は天引きだけど、あの部屋で6万も取られてるなんて信じられない……。 「おにーさん、部屋ってワンルーム?」 「いいや、広い方がいいし1LDK」 駅からは歩いて5分ちょっとで、家賃は高め。高めの家賃を払っても30万は残って、自分の時間も持てるおにーさん。 ごく並みな家賃だけど部屋は4.5畳のワンルーム、そのクソ狭いワンルームに無理やり置かれたベッド(最初からあった)。風呂トイレが一緒のユニットで洗面台もそこ。キッチンはおまけ程度の飾り。 あまりの違いにぐずぐず泣く俺にビビりながら、店員さんが飲み物とサンドイッチを持ってきてくれた。 泣きながら食べたご飯はあんまり味がしないけど、人が目の前にいるって言うのが久しぶりすぎて涙が止まらなかった。 「お前、泣くか食べるかどっちかにしろ」 「む゛り゛」 とっくに成人して働いた男がこんなに泣くなんてって思うかもだけど、仕方ない。それだけ孤独だった。 地元を離れて、一人暮らしを始めて、仕事が馬鹿みたいに忙しくて、給料は安くて、彼女に振られて、それが俺の社会人生活の始まり。 「なんで一人暮らししてんの?」 「うちの会社、地元にも大きな支社があって、そこを希望してたのに配属が本社。これのどこが勤務地は希望に沿いますなんだよ。全然通えないじゃん」 「で、地元に残した彼女に振られたと」 「それはまあ、いいんだけど」 浮気したわけでもなんでもない。本当に仕事が忙しくて、帰るのは早くても9時とか10時とかで、一人暮らしだからそこから風呂と洗濯してるとあっという間に12時近くになって寝る。 連絡は日に数度が限界で、電話なんてもってのほか。 全て本当のことなのに、それでも浮気だと言ってくるなら仕方ない。俺の信用がそんだけなかっただけだ。 「4.5畳のペット禁止のワンルームで飼えるペットっている?」 「ペット禁止なんだからどんなペットも無理だろ」 「あ、そっか」 「それにお前、世話してやれんの?」 あ、無理だ。 世話してる時間なんて全然ない。 犬とか猫が理想だけど、バレるし。犬なら散歩とか絶対に無理。そもそも部屋が狭すぎてどこにゲージを置くかも悩ましい。

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